松江市八束町寺津の国指定天然記念物「竜渓洞(りゅうけいどう)」で、57年に渡ってガイドを務める同町遅江の門脇和也さん(67)が9月、がんで「余命2カ月」を宣告された。与えられた命を全うすることを決め、治療はせず、病身を押してガイドに立つ日々を送る。「自分しか知らないことがある」。蓄積した知識を後世につなぐため、最後の力を振り絞る。
20万年前に火山の噴火でできた八束町(大根島)。奥行き約100メートル、内部に珍しい火口跡が残る竜渓洞は1933年、周辺の道路工事で偶然見つかった。以来、島内にある国特別天然記念物「幽鬼洞(ゆうきどう)」とともに、住民が交代で案内役を担ってきた。
門脇さんが初めてガイドをしたのは10歳になる64年11月、父親の代役だった。一度きりの予定だったが、どんな物事も時が経てば変化し成長する、という意味のことわざ「三年たてば三つになる」との父親の言葉に押された。
洞窟関連や八束町の歴史など7500冊の文献を収集し、海外の洞窟も訪ねて知識を蓄えた。新聞配達業の傍ら、無償でガイドを続け、いつしか「洞窟の番人」と呼ばれるようになった。海外の観光客に対応するため7カ国語の案内文も覚えた。
後継者を探していた昨秋、副耳下腺にがんが見つかった。手術で除去したものの、すでに全身に転移。医師からは今年9月初旬、「余命宣告」をされた。
「驚くほどショックは少なかった」と言う。20代前半で挙式直前に婚約者を亡くした経験から、多少のことでは動じなくなっており、「まだ2カ月ある」と切り替えられた。
呼吸器系に転移が進み、話しにくくなった以外は、約15キロ痩せたものの生活や仕事に影響はない。余命宣告を受けた後も、9月は30回以上のガイドを務めた。
「脳細胞が侵される前に」と、島内の友人や行政機関の協力を得て洞窟案内の動画を残すほか、ガイド希望者向けの講習会を開催。イベントにも積極的に出かける。
10月からは体の痛みが増え、活動が難しくなる、という医師の見立てからガイドの予約は受けていない。ただ、当日飛び入りの依頼には「できる限り対応したい」と考えている。
ガイドを始めて11月で丸58年。「求められるうちは死ねない」と、人生の残りを知識の継承にかける。
(広木優弥)