ことしのノーベル平和賞がロシア、ウクライナ、ベラルーシで人権擁護活動に従事する1個人2団体に贈られるのは、ロシアのプーチン政権のウクライナ侵略がもたらした深刻な悲劇に対する強い危機感の表れだろう。
これに続き国連総会の緊急特別会合は、ロシアが宣言したウクライナ東南部4州の「併合」を無効とする決議を圧倒的な多数で採択した。プーチン大統領は世界の声に耳を傾け、多大な犠牲を伴う戦争を早く終結に導かねばならない。
平和賞に決まったベラルーシの人権活動家は今も獄中にある。同国のルカシェンコ大統領は独裁体制を守るためにロシアの力を借りたので侵略戦争に協力しなければならなくなった。
ロシアの「メモリアル」は、旧ソ連で生まれた人権団体の草分けだが、プーチン政権の弾圧で活動停止に追い込まれた。ウクライナの「市民自由センター」はロシアの戦争犯罪を記録している。
ノーベル賞委員会は授賞理由の説明で「市民社会が専制と独裁に屈服する時、次はしばしば平和が犠牲となる」と述べた。利害対立や独裁者の暴走は戦争の引き金となる。だが、人間の尊厳を至上価値と認める成熟した市民社会が指導者の暴挙を抑制できれば、悲劇は防げるというメッセージであろう。
旧ソ連の崩壊による体制転換の荒波にもまれた、ロシア、ウクライナ、ベラルーシでは、民主化と自由化はいまだに命懸けの試練だ。勇気と信念が評価されての受賞だろう。困難な闘いを無駄にしないために、国際社会も戦争終結への努力を怠ってはならない。
国連総会は、ロシアが強行した「住民投票」を無効と認定し、併合の撤回をロシアに迫った。賛成はウクライナ、日米、欧州各国など143カ国に達した。3月の総会で侵略を批判した決議の賛成は141カ国だった。侵略に反対する国際世論が、さらに高まっている事実を裏付けている。
反対はロシア、ベラルーシなどわずか5カ国。棄権は中国、インドなど35カ国だった。棄権した中国、インドでさえ、ロシアの侵略に全面的に賛成しているわけではない。さらにロシアが勢力圏と考えるカザフスタンなど旧ソ連諸国も、多くが棄権や不投票を選択し、侵略とは距離を置いた。
カザフスタンは「住民投票」の効力も認めていない。同国北部にはロシア系住民が多い。ロシアが同胞の保護を名目にウクライナに侵攻した事態を受け、警戒を強めているに違いない。
プーチン外交の3本柱は、中国、インドと組んだ米国への対抗軸の形成。旧ソ連圏における勢力圏の確保。ウクライナ、ベラルーシと結んだ「スラブ連合」の構築である。ウクライナ侵攻の難航、旧ソ連圏における求心力の低下で、その根底が揺らぎつつある。
国内でも戦争への追加動員や戦死者の拡大を受けて、動揺が広がりつつあるという。プーチン氏が始めた戦争は、プーチン氏が決断しなければ終わらない。その環境を整える外交努力も国際社会の課題となる。
プーチン氏が失脚しても、このままではさらに強硬な指導者が出現しかねない。悪循環を防ぐためにも、ロシアに健全な市民社会が育ち、戦争を予防できる民主主義が定着することが必要なのである。