8日、ブラジルの首都ブラジリアにある大統領府に展開した治安部隊(ロイター=共同)
8日、ブラジルの首都ブラジリアにある大統領府に展開した治安部隊(ロイター=共同)

 ブラジルで、昨年10月の大統領選の敗北に反発するボルソナロ前大統領支持者らが連邦議会、大統領府、最高裁を襲撃して一時占拠、建物の一部を破壊した。

 米国で2年前、トランプ前大統領の支持者が連邦議会議事堂に乱入した事件をほうふつとさせる暴挙である。選挙で示された民意を暴力で覆す企ては、民主主義への許されない攻撃だ。

 1月1日に就任したばかりのルラ大統領は最高裁長官、上下両院議長との三権の長の連名で「テロ、器物損壊、犯罪、クーデターを拒絶する」との声明を出し、事件の責任追及を開始した。

 数日前からネットで「議事堂へ行こう」と呼びかけがあり、多数のバスに分乗してボルソナロ氏支持者が集結したという。誰が糸を引いたか、警察など当局内に襲撃に加担する動きがなかったか、徹底解明が必要だ。

 中南米の大国ブラジルは1960年代から80年代にかけて軍事政権の圧政に苦しんだ後、民主化の道を着実に歩んできた。軍部が再び政治を支配するようなことがあってはならず、安定の回復に注力してほしい。

 2018年の大統領選で当選した右派のボルソナロ氏は、真偽不明の情報や露骨な差別発言で社会の分断をあおって支持層を固める手法から「ブラジルのトランプ」とも呼ばれる。

 新型コロナウイルスを「ただの風邪」と軽視し、死者が急増する中で対策強化を求めた保健相を次々に交代させ、ワクチンを接種せずに国連総会に出席するなどして批判を浴びた。

 2003~10年に大統領を2期務めた左派のルラ氏は、汚職事件で18~19年に収監されたが、最高裁が有罪判決を取り消して出馬が実現し、ボルソナロ氏再選を阻止したい勢力を結集して大統領選を僅差で制した。

 バイデン米大統領ら民主主義を堅持する各国指導者が暴力を非難し、民主主義擁護を一斉に表明したのは当然だ。ブラジル訪問中の林芳正外相はビエイラ外相との会談で、民主的に選ばれたルラ政権への支持を伝えた。

 ボルソナロ氏は、襲撃にどう関与したかは不明だが重い責任がある。大統領選の1年以上前から「電子投票システムに不正がある」と根拠を示さず繰り返し主張した上、今もって明確に敗北を認めていない。大統領就任式の2日前、空軍機で米国へ渡って就任式を欠席し、慣例となっている新大統領の肩に懸章をかける役割を放棄するなど、平和的な政権移行を害する行動に終始している。

 トランプ氏やその側近とボルソナロ氏支持者のつながりも指摘される。トランプ前政権の元首席戦略官バノン氏は襲撃した人々を「自由の戦士」と称賛し「ルラは選挙結果を盗んだ」とソーシャルメディアに投稿した。

 ドイツでは昨年12月、19~20世紀の旧ドイツ帝国を模した独自の国家樹立を目標に、現政府の転覆を狙って連邦議会襲撃を企てた極右グループが検察に拘束された。トランプ氏支持者とも重なる米国の陰謀論勢力「Qアノン」の影響を受け、ドイツ政府が「ディープステート(闇の政府)」の支配下にあると信じているという。

 危うい陰謀論が、日本を含む多くの国の基盤を揺るがしかねない時代だ。そうした危機感を共有し、民主主義を掲げる各国と結束したい。