島根県津和野町出身の報道写真家、桑原史成さん(84)=東京都在住=が、東日本大震災の被災地を撮影した写真展が、同町後田の桑原史成写真美術館で開かれている。惨状をありのままに撮影したモノクロ、カラー69点が並び、来館者が爪痕の深さを実感している。4月14日まで。

 桑原さんは2011年4月から19年まで、岩手、宮城、福島3県の被災地や東京で撮影を続けてきた。震災から10年の節目に合わせ、撮りためた作品を展示した。

 会場には、津波で海中に流された民家、建物の上に打ち上げられた観光船など被害の大きさを実感させる写真が並ぶ。

 東京電力福島第1原発事故の影響で、人が立ち入りできないまま数年が経過し草が生えた福島県浪江町の商店街の光景を捉えた一枚は、人々にもたらした暮らしの変化を伝える。

 桑原さんは水俣病をはじめ、韓国の民主化運動、ベトナム戦争、ソ連崩壊など激動の戦後史をカメラに収めた。半世紀を超える水俣病の取材が評価され、14年には「土門拳賞」を受賞している。

 開館時間は午前9時~午後5時で休館日はない。入館料は大人300円、中高校生150円、小学生100円。(石倉俊直)

 

悲しむ姿は戦場と同じ 桑原史成さん一問一答

 -震災発生時、どこにいたか。

 「六本木(東京都)の事務所の暗室にいて、現像液などを入れる容器の水が大きく波打った。揺れが大きく、慌てて外に飛び出した」

 -岩手県宮古市から福島県南相馬市まで取材した。

 「ドキュメンタリー写真家の一人として、未曽有の事態を記録したいと考えたから。使命感からだった。最初、車で行こうとしたが、物資不足でガソリンやガソリンタンクの入手に困った。タンクは津和野町から提供してもらい、ずいぶん助かった」

 -被災地の印象はどうだったか。

 「かつて取材で訪れたベトナムの戦場と違い、銃声もない。とても静かだった。それゆえ惨状をどのように写真で表現するのか難しさを感じた。戦場と同様、悲しむ人々の姿も撮影したが、複雑な気持ちになったのを覚えている」

 -被災地の変化をどう感じているか。

 「太平洋側の東北3県(岩手、宮城、福島)の海岸部は大きく衰退したように見える。漁業はもとより農業、商工業の回復状況は簡単には測れないが、数値にすれば震災前の約半分ぐらいといった印象だ。東北の人たちの考え方、生き方にも大きな影響をもたらしているだろう」

 -これからも被災地の写真を撮り続けるのか。

 「東北3県の被災地には、今後も2年に1度ぐらいは訪れ、変化を伝えていきたい」

 (聞き手は益田総局報道部・石倉俊直)