<国際メディアセンターの様子>(政経部・清山遼太) 

 G7広島サミットは21日、3日間の日程を終えた。主役は7カ国のリーダーではなく、ロシアとの戦闘が続くウクライナのゼレンスキー大統領だった。初日の19日に、訪日するという衝撃的なニュースが流れ、20日に広島に降り立ち、最終日は平和記念公園を訪れ、広島市でスピーチを行った。ゼレンスキー氏の訪日に揺れた国際メディアセンターの様子を、写真や動画で振り返る。

 

 ゼレンスキー氏の訪日が報じられたのは19日午後0時半。インターネットニュースで知った各国の記者たちが一斉に携帯電話で通話を始めた。そんな中、複数聞こえてきたのは「最終日まで滞在したい」という言葉。サミット期間中に広島を離れる予定だった記者が、滞在延長を求めていた。

 ゼレンスキー氏を乗せた飛行機の広島到着が、国際メディアセンターのテレビ画面に映し出されたのは20日午後3時半ごろ。それまでの和やかな空気が一変し、各国の記者が一斉にテレビ前に集結。画面にカメラやスマートフォンを向け、釘付けとなり、固唾を飲んで静かに見守った。

ゼレンスキー大統領の動向に注目する各国の記者=広島市中区、国際メディアセンター
ウクライナ支援を目的に設けられた日本酒コーナー。ゼレンスキー大統領の訪日で海外メディアも注目する=広島市中区、国際メディアセンター

 最終日の21日にもサプライズがあった。ゼレンスキー氏の会見が急遽設定されたのだ。日中、原爆資料館の視察など、ゼレンスキー氏の動向がテレビに出れば、各国の記者がこぞって画面に注目。午後7時20分過ぎに会見が始まると、センター中央にあるテレビ画面に集合し、終始真剣な表情で注目。サミット閉幕後にあった岸田文雄首相の会見よりも、注目度は勝っていた。
 

ゼレンスキー大統領の会見に耳を傾ける各国の記者たち=広島市中区、国際メディアセンター

 ウクライナ侵攻を続けるロシアのプーチン大統領が核兵器使用の威嚇を繰り返す中、被爆地・広島を訪問した意義は大きい。サミットで終わりではなく、サミットを契機にウクライナの平和、「核なき世界」への動きが加速することを期待したい。


<ゼレンスキー大統領の記者会見>(報告 政経部・片山皓平)

 21日午後7時20分すぎ、場の緊張が一気に張り詰めた。平和記念公園内にある広島国際会議場の記者会見場に、ウクライナのゼレンスキー大統領が現れた。記者らが会場に到着してから50分以上が経過していた。
 

 

 ゼレンスキー大統領はロシアへの非難や原爆資料館を訪れた感想を約10分間語り、その後記者からの質問に約20分間応じた。通訳を通じての演説だったが、険しい表情をしながら前を見据えて語り続ける低い声には引きつけられるものがあった。

 ゼレンスキー氏は会見で「人類の歴史からは戦争をなくさないといけない」と力強く述べる一方、「ロシアを最後の攻撃国にしないといけない」とロシアへの強い非難を何度も口にした。原爆資料館を見学した感想については「破壊されたヒロシマの写真はバフムトに似ている。全ての建物が破壊されている」と、今まさに起きている母国の現実を話した。ウクライナ侵攻は、報道を何度も目にしていたはずだったが、現実に起きている出来事だと改めて感じた。
 

 

 広島で米国と武器供与に関する話があったという報道もあり、複雑な気持ちも抱いていた。今回のG7広島サミット取材への派遣が決まり、経験した人しか具体的に思い起こせない被ばくの光景や匂いを聞いて身震いし、戦争の悲惨さを痛感していたからだ。そんな思いを晴らしてくれたのは、ゼレンスキー氏の平和を希求する言葉だった。「わたしたちの街の再建を夢見ている」「自分や子ども、孫たちのために平和がほしい」。

 今回の取材では海外メディアの反応から、ゼレンスキー氏に対する関心の高さが明白だった。ただ、その過程には多くの重要な出来事があった。それぞれ掲げた取り組みが埋もれないように関心を持ちたい。