デュエッツⅠ
デュエッツⅠ

 米音楽界を代表する歌手のトニー・ベネットが亡くなった。96歳。2021年にレディー・ガガと出したジャズ・アルバム「ラヴ・フォー・セール」が最後というから、ほとんど最近まで歌手として活動していたわけだ。大往生といえるのではないだろうか。

 1926年生まれ。歌手になったのが第2次世界大戦に従軍して帰国した後という経歴に、改めて歴史を感じる。戦後のショービジネスの生き字引的な存在だったに違いない。エルビス・プレスリー(35年生まれ)やジェームズ・ディーン(31年生まれ)よりも年上で、同じ26年生まれにはマイルス・デイビスやマリリン・モンローがいる。名作映画「裸の銃(ガン)を持つ男」のレスリー・ニールセンも同い年。日本人だと三波春夫(23年生まれ)と村田英雄(29年生まれ)の間の年齢であり、同い年に植木等や島根県出身の森英恵と安野光雅がいる(いずれも故人)。

トニー・ベネット=2013年3月(ロイター=共同)

 トニー・ベネットの名前がヒットチャートに連なるのは1956年から67年までの約10年間。67年生まれの当方には、名前を知った時点で既に「過去の人」という印象であり、はやりのロックやポップスばかり追いかけていたから、彼の音楽に接する機会もなかった。

 ところが、80歳の記念にリリースした企画アルバム「デュエッツ:アメリカン・クラシック」(2006年)が話題になり、そのゲストの豪華さにびっくり。思わずCDを購入した。トニー・ベネットがさまざまなアーティストとスタンダード・ナンバーを1曲ずつデュエットする趣向のアルバムで、お相手は以下の面々だ。

1.ディキシー・チックス
2.バーブラ・ストライサンド
3.ジェイムス・テイラー
4.ポール・マッカートニー
5.フアネス
6.エルトン・ジョン
7.ビリー・ジョエル
8.ティム・マッグロウ
9.セリーヌ・ディオン
10.ダイアナ・クラール
11.スティービー・ワンダー
12.エルビス・コステロ
13.k.d.ラング
14.マイケル・ブーブレ
15.スティング
16.ボノ
17.ジョン・レジェンド
18.ジョージ・マイケル

 デュエットアルバムはこれまでにもさまざまなアーティストが企画しているが、ここまで豪華な顔ぶれはないように思う。過去に有名アーティストたちとデュエットアルバムをリリースした経験のあるビッグネームや、いろいろなバンドが参加して歌をカバーするトリビュートアルバムが作られたことのあるスーパースターたちがデュエット相手として参加している。それぐらい大きな存在なのだとよく分かった。

デュエッツ2

 さらに11年には85歳を記念して同じ趣向のアルバム「デュエット2」を発表した。こちらの参加者は次のアーティストたちだ。

1.レディー・ガガ
2.ジョン・メイヤー
3.エイミー・ワインハウス
4.マイケル・ブーブレ
5.k.d.ラング
6.アレサ・フランクリン
7.シェリル・クロウ
8.ウイリー・ネルソン
9.クイーン・ラティファ
10.ノラ・ジョーンズ
11.ジョシュ・グローバン
12.ナタリー・コール
13.アンドレア・ボチェッリ
14.フェイス・ヒル
15.アレハンドロ・サンス
16.キャリー・アンダーウッド
17.マライア・キャリー

 第1弾「デュエッツ」の相手が彼の子ども世代のアーティストなら、レディー・ガガやエイミー・ワインハウス(急逝した彼女の生前最後の録音となったようだ)が参加した「デュエット2」は孫世代中心のアルバムといったところか(同世代のウイリー・ネルソンなどもいるけれど)。

 CDライナーの写真や、収録時の動画からも伝わるが、どちらのデュエットアルバムも、敬愛する大御所との共演を心から喜び、楽しむデュエット相手と、子や孫のようなアーティストたちを慈しむトニー・ベネット双方の幸せな気持ちが感じ取れる心温まる作品。異世代をつなぐ音楽の力や、言語や国境を超えて伝わる音楽の魅力を再認識させてくれる。晩年にそんな作品を生み出した彼はやはり希代のエンターテイナーだ。(洋)