米ニューヨークでの国連総会で各国首脳による一般討論演説が始まった。
岸田文雄首相は、ロシアによるウクライナ侵攻や気候変動など世界が複合的な課題に直面する中、各国の協力が一層重要になっていると指摘。「分断・対立ではなく協調に向けた世界を目指す」と強調し、機能不全に陥っている国連改革に「日本は貢献していく」と述べた。「核兵器のない世界」に向けた議論を促進するため、海外の研究機関・シンクタンクへの30億円の拠出も表明した。
確かに、分断を乗り越える協調こそが今、国際社会に求められている。首相が理想を語ることは重要な意義を持つ。しかし現実はどうか。
首相に先だって演説したウクライナのゼレンスキー大統領は「侵略者を倒すため団結しなければならない」と各国に支援を要請。バイデン米大統領も中国との衝突回避を目指すとしながらも、「ロシアによるむき出しの侵略に対抗し、他の侵略者を抑止する」と述べ、中国を意識した対抗姿勢を示した。
日本自身のこれまでの取り組みはどうか。防衛力を大幅に増強し、米軍との一体運用を進めている。ロシアとの断絶は当然としても、中国との関係も悪化し、日中対話は滞ったままだ。「協調」ではなく「対立」に傾いているのが現実だろう。
理想論を語るだけでなく、現実社会の中で国際協調をどう構築していくのか。具体的な指針を示し、実践していく主体的な外交が問われている。
首相は国連改革に関し、安全保障理事会常任理事国の拒否権行使を抑制する取り組みが「安保理の信頼回復につながる」と述べた。だが、今回の国連総会は五つの常任理事国のうち中ロだけでなく、英仏両首脳も欠席した。国連の地位低下を鮮明にするもので、この状況をどう打開するのか。
核廃絶に関して、首相は核兵器保有国と非保有国との議論促進を主導する考えを示し、自らが打ち出した「ヒロシマ・アクション・プラン」の実行を強調。海外の研究機関による「核兵器のない世界に向けたジャパン・チェア」新設を表明した。
しかし、5月の先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)で発出された「核軍縮に関する広島ビジョン」は、防衛目的での核の役割を肯定し、核抑止論を維持している。今回の演説も、その枠内にとどまる。民間機関の協議の場を作ることも重要だが、核廃絶に向けた首相の強い決意こそが求められる。
首相は演説で「人間の尊厳」に光を当てた国際協力の必要性を強調。ジェンダー平等に触れて「日本は女性参画推進を通じた格差是正や社会の対立克服を目指す」と述べた。
だが、先の内閣改造で5人の女性閣僚を起用したものの、計54人の副大臣・政務官は初めて女性がゼロとなった。これで胸を張れるのか。
「人間の尊厳」を強調するならば、何よりも人権を重視するのは当然だろう。しかし、内閣改造では、2年前の就任時に新設した「国際人権問題担当」の首相補佐官は退任、不在となっている。言行不一致と言わざるを得ない。
首相は改造後の記者会見で、「外交では、首脳外交が大きなウエートを占める」と自ら主導する考えを強調した。しかし、言葉に内実が伴わなければ国際的な存在感は発揮できまい。