金属労協が開いた賃上げ交渉に向けた決起集会=23日、東京都江東区
金属労協が開いた賃上げ交渉に向けた決起集会=23日、東京都江東区

 春闘の賃上げ交渉がスタートした。物価上昇を乗り越え、長年の賃金停滞から本格的に転換する分かれ道になる。経営者は高い賃上げを回答し、日本経済を再浮揚させる覚悟を示さねばならない。経団連は今年の春闘の指針で、「社会性の視座」に立脚した判断を各企業に求めた。賃上げより企業業績や株主への利益配分を優先してきた姿勢を改め、持続的な賃上げに転換する時期を迎えているのは明らかだ。

 連合によると、昨年の春闘の賃上げ率は3・58%と高水準だったが物価上昇には追い付かず、実質賃金は低迷している。暮らしを好転させるには昨年を上回る賃上げが必要だ。

 定期昇給だけでなく、手応えのある基本給のベースアップ(ベア)を求めたい。多くの企業は「成果主義」を掲げ、一律の賃上げやベアに否定的な態度を続けてきた。その間に日本の賃金は先進国の中でも見劣りする水準になってしまった。ベアは賞与や退職金にも反映される。デフレで生まれた「安い日本」から脱却するには、ベアの効果を前向きに考えねばならない。

 雇用維持を優先するあまり、長年にわたり賃上げを後回しにしてきたのは、労使とも反省するべきだろう。暮らしを支えるには雇用も賃金も重要であり、二者択一で選べる問題ではない。連合は賃金全体を底上げするため、「ベア3%以上、定昇込みで5%以上」を目標に掲げている。実現に近づくよう粘り強く交渉してほしい。

 春闘の相場形成は製造業の大企業が中心になる。賃上げを切実に求めている働き手は中小企業やサービス業に多い。もともと賃金水準は大企業より抑えられ、非正規で働く女性や高齢者が多い職場だ。正社員に比べ、賃金が見劣りする非正規の処遇改善は欠かせない。

 働く人の7割近くは中小企業にいる。賃上げが浸透するように、大企業は取引先の下請け企業が納入価格を上げることを容認するべきだ。日本商工会議所の調査では、中小企業の約半数は、コスト上昇分の3割以下しか価格転嫁できていない。公正取引委員会は中小企業が価格転嫁できるように、独占禁止法を積極的に運用してもらいたい。

 日本の国内総生産(GDP)の7割超は第3次産業が占める。外食や観光業などの賃金を改善するには価格の引き上げが伴う。サービス産業の賃上げ実現には、消費者の理解が大きな意味を持つ。

 春闘の労使交渉は賃上げばかりに終始するわけではない。社会人の技術習得や資格取得を後押しする仕組みも、官民で広げねばならない。

 人手不足は深刻化しており、転職しやすい環境をつくる必要はますます高まっている。官民が歩調を合わせ、「賃金が上がる転職」を広げることが、成長分野への労働力移動につながるはずだ。

 業績が改善しても賃上げを抑制してきた企業経営は、抜本的に発想を変えてほしい。十分な賃上げの原資を確保した上で、最終的な利益や将来に備えた内部留保の水準を決めるべきではないか。目先の業績がすべてではない。経営者や株主だけが高額の報酬や配当を手にする経営は論外だ。

 賃上げの持続性と広がりがかつてなく求められている。賃金改善は人材への投資にほかならない。経営者の自覚と決断を期待したい。