インタビューに答える立花隆さん=2013年12月、東京都文京区
インタビューに答える立花隆さん=2013年12月、東京都文京区

 田中角栄元首相の金脈問題を雑誌で追及し退陣に追い込むなど、戦後ジャーナリズムに大きな足跡を残した評論家、ジャーナリストの立花隆(たちばな・たかし、本名橘隆志=たちばな・たかし)さんが4月30日午後11時38分、急性冠症候群のため死去していたことが23日分かった。80歳。長崎市出身。家族で「樹木葬」を行った。 遺族によると、糖尿病や心臓病などの持病があり、療養していた。新型コロナウイルスへの感染はなかったという。

 宇宙や脳死、サル学、歴史など多彩な著作があり「知の巨人」として知られ、東京都内の大型書店には同日、著書を集めたコーナーを設けて追悼する動きが広がった。

 幼い頃に一家で中国に移り住み、敗戦後に過酷な引き揚げを体験。父の郷里の水戸市で少年時代を過ごした。東京大仏文科を卒業後、文芸春秋に入社し雑誌記者などを経て2年余りで退社。東大哲学科に学士入学し、傍ら週刊誌アンカーマンなどとしても活動した。

 1974年10月、田中元首相を巡る資金の流れと蓄財を綿密に調べ、月刊誌「文芸春秋」に「田中角栄研究」を発表。田中内閣は2カ月後に総辞職した。76年に発覚したロッキード事件でも批判を展開し、裁判の傍聴記を発表し続けた。その後も政治評論や最前線の科学などの著作を多数発表した。

 95年、東大先端科学技術研究センター客員教授。2007年には東大大学院情報学環特任教授、立教大大学院21世紀社会デザイン研究科特任教授に。同年末、ぼうこうがんの手術を受け、月刊誌に闘病記を連載した。

 「中核VS革マル」「日本共産党の研究」「宇宙からの帰還」「サル学の現在」「臨死体験」「天皇と東大」など多数の著作がある。1983年に菊池寛賞、98年には司馬遼太郎賞。「脳死」で毎日出版文化賞、「武満徹・音楽創造への旅」で吉田秀和賞も受けた。