東京都内の仕事場で取材に応じる小林亜星さん=2019年
東京都内の仕事場で取材に応じる小林亜星さん=2019年

 小林亜星さんの出世作は1961年のレナウンのCMソング「ワンサカ娘」だが、その名を強く印象付けたのは、モダンで洗練されたリズムと力強いビートを採用したレナウンのCM曲「イエイエ」(67年)である。自ら米軍キャンプの演奏などで培ったジャズを基調とした。

 同作は、従来の商品名を連呼するCMソングとは一線を画し、カラーテレビが普及する中、実写とアニメーションを組み合わせたポップアート風な映像と相まってCM表現の歴史にその名を刻んだ。国内外のCMフェスティバルで高評価を得たほか、朱里エイコが歌ったレコードも好セールスを記録している。

 これを機にテレビCMの世界では〝イエイエ以後〟という表現が用いられるようになった。

 また「どこまでも行こう」(ブリヂストン)を筆頭に「モクセイの花」(日本生命)、「明治チェルシーの唄」(明治)、それに「日立の樹(この木なんの木)」(日立グループ)といった60年代から70年代の作品のように、発表から半世紀を経てなお親しまれるシンプルで端正なメロディーも特徴の一つ。シンプルゆえに時代とともに歌手やアレンジが変わってもその魅力は揺るぎない。

 一方、「狼(おおかみ)少年ケン」や「魔法使いサリー」「ひみつのアッコちゃん」「科学忍者隊ガッチャマン」などの主題歌では、作者自身の体〓(たいく)と同様、比類なきスケール感とダイナミックなサウンドで聴き手を魅了、スキャットやオノマトペ(擬音語、擬態語)を効果的に使用し、旬のリズムも貪欲に取り入れた。

 狙いについて、「アニメ主題歌や童謡は子どもが歌いたくなることを念頭に、その柔軟性に期待して、あえて難曲を提供した」と取材に語ってくれたことがある。

 聞けば日本のテレビ音楽の録音現場で、ジャズミュージシャンを積極的に起用し始めたのは亜星さんが最初だそうだ。

 情緒過多に陥らず、程よく哀愁が漂う楽曲も得意とし、サントリーの「人間みな兄弟」やアラン・ドロンを起用した紳士服ブランド「ダーバン」のCM音楽はその代表といえる。

 主演ドラマ「寺内貫太郎一家」で見せた豪快な頑固オヤジの印象とは裏腹に、腰が低く、言葉遣いも丁寧で、常に真摯(しんし)に音楽と向き合っていた。

 生前、亜星さんは「CM音楽は、商品から発想を広げて、いかに消費者の心に訴え掛けるかのインパクトを重視する」、そして「歌謡曲の魅力は様式美」と語っていたが、多作な上にハイクオリティー、ジャンルに合わせて自在に趣向を凝らす点はまさに職人技。生涯を通じて職業作曲家だった。

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 小林亜星さんは5月30日死去、88歳。 はまだ・たかゆき 1968年生まれ、大阪府出身。国内外でCDや書籍、テレビ番組の企画・監修に従事。近作に監修を務めた書籍「君に捧(ささ)げるメロディ ミシェル・ルグラン、音楽人生を語る」、CDボックス「リリシスト 山川啓介ソングブック」。東京都内の仕事場で取材に応じる小林亜星さん=2019年