中国江蘇省の港で自動車運搬船へ搬入される予定のEV=4月(チャイナ・デーリー提供・ロイター=共同)
中国江蘇省の港で自動車運搬船へ搬入される予定のEV=4月(チャイナ・デーリー提供・ロイター=共同)

 米国は再び中国に貿易戦争を仕掛けるのだろうか。バイデン大統領による対中関税の大幅な引き上げは、そんな不安を抱かせる動きだ。

 米政府は不公正な貿易慣行を持つ国を制裁する米通商法301条の発動を発表した。中国の電気自動車(EV)の関税を100%に上げるほか、鉄鋼、太陽光パネル、半導体なども関税引き上げの対象にした。

 対中関税の引き上げは、製造業が衰退したラストベルト(さびた工業地帯)の労働者を守り、半年後の大統領選で中西部や東部の労働者の票を獲得するためだ。同時に、近未来型産業であるEVや、用途が広い半導体などを中国勢の輸出攻勢から守る意思が反映されている。

 米通商法による一方的な関税引き上げや貿易制限の弊害はかねて指摘されている。世界貿易機関(WTO)のルールや紛争処理機能に基づく自由貿易を基本にすべきであることは間違いない。

 中国政府がEV開発に巨額の補助金を出し、乱立したEVメーカーがアジア市場などに輸出攻勢をかけている。米国に入ってくる中国勢EVはまだわずかだ。しかし米政府や産業界は、いずれ価格競争で太刀打ちできなくなるという危機感を持っている。

 中国は鉄鋼に関しても、過剰生産を是正する対策をとろうとしていない。中国の安値輸出には欧州でも警戒感が広がっている。

 ロシアのウクライナ侵攻をはじめ、中国の南シナ海への進出や軍事演習による台湾新政権への威圧など、世界の緊張を高める動きも一向に止まる気配がない。経済安全保障が貿易政策の一つの軸になるのはやむを得ない面がある。

 トランプ前大統領は中国のEVに対する関税を25%にした。バイデン政権は今回、それをさらに4倍にした。半導体の関税は25%から50%になった。旧世代の製品が対象だが、半導体の中国依存をできるだけ抑えたいのだろう。

 対中関税の引き上げを保護貿易主義として批判するのはたやすい。かつて日本も米国から一方的措置を受けた場合にそう反論していた。

 米国の自動車産業に被害が生じていないEVの関税を、予防的に引き上げるのはWTOルールから逸脱している可能性が高い。鉄鋼や半導体に関しても、本来は米国市場での販売価格を調査し、不当廉売(ダンピング)を立証した上で制裁関税を課すのが筋だ。

 しかしこうした調査は通常、1年以上かかる。WTOの紛争処理も数年がかりだ。その間に中国製品に市場を支配されてしまうと懸念する国は少なくない。

 民主主義諸国と中国、ロシアなどの対立によって、分断された陣営間の貿易や投資は大きく制限されるようになった。国際通貨基金(IMF)は、世界の国内総生産(GDP)が最大7%減少する恐れがあると警告している。

 米国の一方的措置も、中国の洪水型輸出も容認できない。WTO体制の理念や原則は守らねばならない。しかし、自由貿易を「金科玉条」とみなすのはもはや現実的ではない。

 貿易自由化の果実を手放すことなく、世界の分断と向き合い、経済安全保障と成長市場を守る。そのための新たな貿易秩序を探らねばならない。