近隣外交の難しさを浮き彫りにする会談だった。岸田文雄首相は、訪問先のソウルで中国の李強(りきょう)首相と初の公式会談に臨んだ。台湾情勢で応酬となったほか、東京電力福島第1原発の処理水放出を巡って対立するなど重要課題で歩み寄れなかった。岸田氏の目指す「建設的関係」への道は険しい。
日中間では首脳同士の定期的な相互訪問が久しく途絶えている。中国側が消極的とされる。今回の会談は同じソウルで開催の日中韓3カ国首脳会談の機会を利用し、ようやく実現した。
中国のような専制主義的な国との間では懸案解決にトップ同士の意思疎通が欠かせない。特に習近平(しゅうきんぺい)国家主席による「1強体制」が確立した現状ではなおさらだ。対話のチャンネルを確保するため、首脳による相互往来の再開を急ぐ必要がある。双方が環境整備に努めるべきだ。
例えば米国は中国と軍事、経済両面で激しく対立しつつも、閣僚級を含め政治レベルの重層的な交流は絶やさない。それに比べ日中は、かつてのような親中派、親日派の政治家が減り、パイプは細る一方だ。政治関係が冷え込んでも経済交流は活発だった「政冷経熱」の時代も、過去のものとなりつつある。
いがみ合っているだけでは、事態は動かない。こんな時こそ長期的視野に立った「戦略的互恵関係」を実践すべきだ。お題目に掲げているだけでは意味がなかろう。
会談で岸田氏は、台湾の新総統就任式直後に周辺海域を包囲した中国の軍事演習を念頭に、台湾海峡の安定化を促した。
李氏は「中国の核心利益の核心」と反発した。力による現状変更をちらつかせ、いたずらに地域の緊張をあおる行為は許されない。日本は毅然(きぜん)とした態度で臨むべきだ。
処理水放出に関し、岸田氏は中国による日本産水産物の輸入停止措置の即時撤廃を求めた。結局、事務レベル協議を加速させる考えで一致したのみで、李氏は処理水を「核汚染水」と呼び、懸念を隠さなかった。
中国側が振り上げた拳を下ろさず、処理水問題を政治的なカードに用いているとしたら不当である。科学的根拠に基づく真(しん)摯(し)な対応を望みたい。
岸田氏は沖縄県・尖閣諸島周辺での中国の軍事活動を批判。中国でスパイ容疑により拘束された邦人の早期解放も求めたが物別れに終わった。
日本の外務省は、中国要人について最高指導者の習氏とナンバー2の李首相を「首脳」と位置付けている。2019年の安倍晋三首相(当時)の訪中以降、首脳による相互訪問は途切れている。
続く日中韓3カ国の首脳会談は岸田、李両氏に議長国・韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領を交えて開催され、中断している日中韓自由貿易協定(FTA)締結交渉の加速で一致した。
岸田氏は記者発表で、北朝鮮の非核化は日中韓の共通利益と確認したと説明。だが、同時に公表した共同宣言には盛り込まれず前回より後退した。
コロナ禍もあって4年半ぶりとなった今回の会談は韓国の尹政権が対日政策の転換を図り、日韓関係を大きく改善させたことが下地となって実現した。ただし、韓国内には政権の親日路線に批判的な声も少なくない。
東アジアは域内に北朝鮮や台湾を抱え、各国の利害が交錯する。緊張緩和には日中韓3カ国の対話と協調が不可欠である。