静岡県熱海市で土石流災害が発生し、多くの住民が安否不明になった。大雨による災害に備え、私たちはどのようなことを考えておくべきなのだろうか。関西大社会安全学部の元吉忠寛教授に寄稿してもらった。
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私たちが想像する理想的な避難とは、次のようなものではないだろうか? 科学的な分析によってどこで災害が発生するのかを的確に予測する。それに従って人々に情報を伝えて避難してもらう。人々は災害が発生する前に危険な地域から逃げており、家屋などの被害は生じたものの、失われた命はなかった、と。
科学技術の発展によってこのようなストーリーが実現できると考えている専門家はいるのだろうか? 確かに台風の進路や降雨量などに関する予測精度は飛躍的に上がっている。しかし、災害の発生を予測する精度はそれに比べると決して高いとはいえない。今後、その精度を高めることも非常に難しいだろう。災害の発生を的確に予測し、人々に避難情報を伝え、逃げるべき人に逃げてもらうというシナリオの実現可能性に、私は否定的である。
人は情報だけで行動を起こすことは苦手なのである。人は目の前に危険が迫れば、強い感情が喚起されて行動することができる。しかし、目の前に危険がなく、情報だけで危険を知らされても行動することは難しい。
人類の長い歴史を考えると、情報で危険を知らされるようになったのは、ごく最近のことである。情報だけでは私たちに強い感情は喚起されず、行動を起こすことは難しいのである。災害時の避難に関しては、このような人間と情報の関係を十分に理解する必要がある。ではどうすればいいのか?
2014年にJR西日本が計画運休を初めて実施した。以前は、危険な状態になっても動けなくなるまで鉄道を動かし、結果的に人々が閉じ込めや足止めに遭うというのが普通であった。しかし、それ以降は、危険な状況になる前の早い段階で計画運休を実施することが必要だと、社会的に認知されつつある。
私たちの避難も、計画運休のようにかなり早い段階で、念のために安全を確保する行動を取るというルールを作ることが大切である。まず自分にとって命を守れる安全な場所とはどこなのかということを、とことん突き詰めて考えることである。
それは避難所である必要はないし、むしろホテルや親戚宅など避難所でない方が良い。危険が迫るたびに念のためにしなければならない行動だからである。ためらうような避難先だと継続はできない。日常生活の延長として安全を確保でき、自宅と同じくらい快適に過ごせる安全な場所を探しておくことが重要なのである。
もとよし・ただひろ 1972年長野県生まれ。名古屋大大学院教育発達科学研究科博士課程単位取得満期退学。博士(教育心理学)。防災科学技術研究所の特別研究員などを経て、現職。専門は災害心理学。
■「逃げなきゃコール」 高齢者避難を電話で後押し
高齢者が暮らす家に水害などの危険が迫ったとき、避難を促すには家族や親しい人からの電話、声掛けが効果的という。国土交通省は、離れて暮らす高齢者らに避難を直接呼び掛けるため、防災アプリを使った「逃げなきゃコール」と称する取り組みを進めている。
この取り組みは、主に高齢の家族を持つ人が対象。NHK、ヤフー、KDDI、NTTドコモの4社が無料提供しているスマートフォンの防災アプリを利用する。
家族が住む地域を事前登録しておくと、その付近で河川が増水した災害情報などが自動的にメールで送られてくる。通知内容は「○○川では、避難判断水位に到達し、今後はさらに上昇する見込み」など。遠隔地でも避難の必要性が判断しやすく、「早く避難して」と電話やメールで一声掛けることができる。
2018年の西日本豪雨では、高齢者が避難せずに自宅で被災するケースが少なくなかった。テレビや自治体の情報だけでは、なかなか家を離れる行動にまで結びつかないのが実情。同省は、大切な人からの「逃げて!」という言葉が避難を後押しし、命を守ることにつながるとしている。