佐多稲子と中野重治が恋仲だと書きたいのではない。中野には愛妻の女優原泉がいたし、原と佐多は若い時からの友人だ。だが佐多が50年以上の中野との交友を描いた「夏の栞」(1983年)を読むと、まさに「文学の恋」だと思えるのだ。

 中野の病が重篤で、佐多が病院...