駅前の風景を撮影した写真素材を描画ソフトに読み込ませると、見る見るうちにアニメ風の絵に変わった。必要な手直しを加えても、かかった時間は50分ほど。プロのスタッフも「このクオリティーなら問題なく使える」とうなずいた。通常、5時間近くかかる背景制作の前処理作業が6分の1に短縮された。
「ワンピース」や「プリキュア」で知られる東映アニメーションは今年、長崎国際大(長崎県佐世保市)と連携し、佐世保の街並みをPRする5分間のアニメを発表した。学生が撮影した写真を基に人工知能(AI)を搭載した描画ソフトも駆使して近未来風の絵柄に仕立てた実験作品だ。
アニメは一般的に、背景画の上でキャラクターを動かし、せりふや音楽を重ねて作る。30分枠のテレビアニメに必要な背景画は平均350枚。かつては絵の具で描かれ、デジタル化された今でも1枚ずつ手を動かして描く点は変わらない。
導入したツールは、AIベンチャーのプリファードネットワークス(東京)と共同開発した。過去のアニメ画像を学習し「柔らかいタッチ」「線がはっきりした」などの画風を指定できる。写り込んだ人や不要な物体を削る機能もある。「手描き信仰」の強いアニメ業界では先進的な取り組みだ。
導入を進めた背景にあるのが、慢性的な人材不足の問題だ。東映アニメの今村幸也テクノロジー開発推進室長は「業界の構造的な問題と向き合い、新しい表現手段を積極的に試していく必要があった」と説明する。
原画や背景を手掛けるクリエイターはフリーランスが中心で、長年待遇の悪さが指摘されている。特に背景担当はなり手が少なく、ゲーム業界との奪い合いも。新作を計画しても人材が確保できず「数年待ち」になることも珍しくないという。
今回のツールは写真を下敷きにするため、舞台が現代に限定されるなど制約も多い。ただ、こうした画風は新海誠監督の映画「君の名は。」のヒット以降、広く受け入れられるようになり、活用できる機会は増えると見込んでいる。
日本のアニメ産業は成長を続け、海外での人気も根強い。日本動画協会によると、国内の市場規模は2019年に2兆5千億円に達し、7年連続で過去最高を更新した。持続的な成長と創造性を両立する態勢づくりのため、AIとの協業が始まろうとしている。