見知らぬ兵舎に到着してすぐ、持参した「奉公袋」から包み紙を取り出し、着ていた服をくるんだ。安野光雅(1926~2020年)はその瞬間、「人間」から「兵隊(兵士)」へと生まれ変わった。以降は全て問答無用。命令は絶対で、「なぜ?」は許されなかった。

 赴任地は香川県王越村(現香川県坂出市)。福岡県内の炭鉱で働いていた安野に召集令状が届いたのは太平洋戦争末期の1945年4月。19歳だった。職場には毎日のように令状が届き、先輩が一人また一人と減っていく。いよいよ自分が手にしても「戦おうという気持ちもなく、嫌だとも思わない。お先真っ暗だった」

 陸軍の「暁19827部隊」の一員として、敵軍を迎...