大田市の国際交流員として多くの在住外国人と関わったビビアネ・ベイガさん
大田市の国際交流員として多くの在住外国人と関わったビビアネ・ベイガさん

 東京五輪・パラリンピックが閉幕した。華やかな開会式や閉会式を見て、世界にはさまざまな民族、異なる言語、文化を持った人たちがいることを実感した人も多かったのではないだろうか。掲げられた「共生社会の実現」のテーマは、私たちの日々の暮らしの中でも身近なものになってきた。山陰両県では、外国人労働者の受け入れが進み「近所に外国の人が暮らしている」ケースが増えてきた。言語や文化の異なる人を地域社会の中に受け入れ、お互いが安心して暮らしていくには、どうしたらいいのか。在住外国人が地域に求めることと地域住民に必要な心構えを、ブラジル人の相談に関わってきた国際交流員と受け入れの支援をしている島根県外国人地域サポーターに聞いた。
(Sデジ編集部・吉野仁士)


 法務省の出入国在留管理庁によると2020年末時点で、島根県内在住の外国人は9324人、鳥取県内は4949人に上る。このうち、労働者の技能実習生は、島根県が1909人で永住、定住者の4557人に次いで多く、鳥取県は1550人で在留資格の中では最多となっている。国別ではブラジル、ベトナム、中国などさまざまだ。

 大田市の国際交流員を2年間務めたブラジル出身のビビアネ・ベイガさん(34)は「ブラジル人からの相談で一番多かったのは言語に関すること。今の大田市に海外の人が住むのは大変そう」と率直な思いを話す。

   在住外国人から聞いた悩みを紹介するビビアネ・ベイガさん

 ▼飲食のためだけに市外へ

 日系3世のベイガさんは日本語が堪能で、2019年4月に着任し、今年6月末に退任した。市役所窓口でブラジル人の在住者を対象に、通訳や生活相談に取り組んだ。業務の中で耳にしたのは、ブラジルの公用語のポルトガル語を「ほとんど見かけない」という声だった。

 頭痛薬を買いに薬屋に行ってもどれが頭痛薬かが分からない。スーパーに行った時は、洗剤は食器用か手洗い用か、スプレーは虫よけ用かヘアセット用か見分けられない。日本語が分かる友人に欲しい商品の写真をスマートフォンで送ってもらい、写真を店員に見せることでなんとか購入できたという。

 地元の飲食店ではメニューが読めず、どんな料理があるのか分からないので、食べに行くのは翻訳機のある全国チェーン店ばかり。そもそも街中で見かけた店が何屋なのかまったく分からないー。

 人が住み、生活を営んでいく上で、暮らしている地域の情報はとても重要だ。言語の壁のせいで情報が正確に受け取れないのは、当事者にとって深刻だ。日本人でも言語の分からない海外で同じ状況に置かれたとしたら、不便さと心細さを感じるだろう。

 日本語に疎いブラジル人の多くは飲食や買い物のために、ブラジル人が経営する飲食店のある出雲市や県外にまで出掛けるという。ベイガさんは「もちろん将来的には外国人も日本語を勉強しないといけない」と前置きした上で、「今のままでは大田市にブラジル人のお金が落ちない。もったいない」と嘆いた。地域にとってせっかくの購買力を逃しているのが残念だ。まず、主要な場所で言葉の壁を取り払うようにするだけで、暮らしやすさや地域への親しみは増すはずだ。

 

 ▼ブラジル人口県内最高の出雲市は

 大田市によると、市在住のブラジル人は大手電子部品メーカーの雇用などで403人(21年6月末時点)が住んでおり、出雲市の3615人(同)に次いで多い。

 ブラジル人口が県内最多の出雲市は、在住する外国人にとって住みやすいまちづくりに向けた「多文化共生推進プラン」を2016年に策定し、さらに見直しをかけて、2020年8月、市民の参画を盛り込み第2期プランを策定した。

出雲市で開かれた多文化交流イベントで、郷土料理を販売する在住外国人(資料)

 「多文化共生」とは聞き慣れない言葉だが、異なる国籍で民族や言語の異なる人々が互いの文化を受け入れてともに暮らすこと。

 市では広報誌を多言語化したほか、県内自治体で初のブラジル人の国際交流員を配置するなど、先駆的な取り組みが進んでいる。

 出雲市で民間の立場から外国人の生活支援に10年以上携わってきた、県外国人地域サポーターの堀西雅亮さん(51)は「共生社会とは、誰もが『自分が地域に受け入れられている』と実感できる社会」と強調する。

 

 ▼人々を包摂する社会を

「全ての人を社会に包摂していくことが大事」と語る島根県外国人地域サポーターの堀西雅亮さん

 多文化共生は外国人を支援する、困っている人を助けるなど、どうしても外国人と日本人という話になりがち。無意識に「受け入れる側」の視点になり、本当の意味での共生とは食い違うことがあるという。

 堀西さんは、市内在住の外国人を誘い、交流会を開いた。その外国人は交流を楽しんでいたが、終わり際に「今日はとても楽しかった。でも、交流会が終わるとまた寂しくなる。私はみんなと友人になりたいんだ」と言われた。交流会をして終わりでは、本当の意味での共生社会にはなり得ないと強く思ったという。

 重要なのは外国人が暮らすことを想定していなかったこれまでのシステムを変えていく意識を持つことだと指摘する。仮に中国人が近所に住んでいれば、チラシで地域のお知らせを発信する際、翻訳までせずとも易しい日本語にする、漢字にふりがなを付ける、直接声を掛けるなど個人に向けて発信することが大切だ。

 「あなたも地域の一員だというこちらの思いが伝われば、海外籍の人も安心できる。地域の全員が担い手の意識を持ち、全ての人を社会に包摂していくことが大事だ」。言語が違っても同じ地域住民として自然に接することが、共生社会の実現には不可欠だ。

 

 ▼英語表記にするだけでも「伝わりやすい」

 ベイガさんも、ブラジル人と接する際には「子どもに話しかけるような易しい日本語で」と呼び掛ける。少しだけ日本語がわかるブラジル人もいるが、総じて日本特有の「敬語」に悩まされる。

 ベイガさんは「日本の人は真面目で丁寧だから敬語を使ってくれているが、日本語に詳しくないと難しい。『いたしかねます』と聞いて意味が分かるブラジル人は多分いない」と苦笑いした。いくら丁寧な言葉遣いでも、相手に伝わらなければ意味がない。堀西さんが指摘するように、地域社会はこれまでと同じやり方で対応するだけでなく、考え方そのものを変えていく必要がある。

多文化交流イベントで在住外国人と談笑する出雲高校の生徒(右)(資料)

 急にポルトガル語を覚え、字幕を用意するのは難しい。そんな場合はせめて英語の記載があれば、ブラジル人はスマートフォンなどの翻訳機能を使ってある程度の意味は理解できる。「日本語からポルトガル語に翻訳すると(文法の違いで)意味が通じないことがよくある。英語からポルトガル語なら伝わりやすい」(ベイガさん)。日本語を英語に翻訳する程度なら、特別な知識が無くてもできそうだ。

 ベイガさんは日本語に疎いブラジル人目線で言語面に少し不安を抱きつつも、「大田市の人はみんな優しくて、市内は自然が豊か。ブラジルに戻っても友人に勧めたい所」と2年暮らした思い出の地をたたえた。

 

 ▼自覚持ち思いやりの積み重ねを

 言語の壁がある在住外国人が日本人と同様に生活するには身近な人の支えが不可欠だ。可能な限り簡単な日本語で接するのはもちろん、ブラジルのようにごみを分別する文化が無い国から来た人には、近隣住民が分別する理由や方法を丁寧に説明する必要がある。ベイガさんは市役所で「申し込み」「相談」といった用途をポルトガル語で書いたリストを作成し、訪れたブラジル人に目的を指さしてもらうことで、他の職員が意思疎通できるよう工夫していた。

 スーパーや薬局といった店舗だけでなく、病院、学校、職場など誰もが生活で接する場面で同様の手助けがあれば、在住外国人の暮らしやすさは格段に変わってくる。先駆的に取り組む出雲市では病院や薬局などでイラスト入りのポルトガル語の案内が準備されている。

島根大医学部付属病院(出雲市塩冶町)が2017年に作成したポルトガル語版の診療案内冊子(資料)

 日本国内での「多文化共生社会」の実現には、まだまだ多くの課題がある。出雲市では、子どもの学校への対応の問題や職場の選択肢を増やすことなど、市と民間が協力しながら難しい課題を解決しようとの取り組みも始まっている。

 国は外国人労働者の受け入れ拡大を進めていて、2019年4月からは単純労働分野でも受け入れが可能になった。今後も、製造業や建設業などで外国人労働者は増えていくことが想定される。

 もし、自身が海外で生活する時、何をされたら安心できるか。想像力を働かせながら共生社会実現への担い手である自覚を持ち、小さな思いやりを重ねていく。互いの基本的人権を尊重し、相手を思いやる気持ちが、お互いに安心して心豊かに暮らせる地域社会の実現には、欠かせないと取材を通じて感じた。