音楽ジャンルの一つで、音楽に合わせて語りかけるように、リズミカルに言葉を紡ぐラップ。近年、ラッパーのテレビ・ラジオ出演が増え、お笑い芸人によるラップバトル番組が始まるなど、以前よりラップを耳にする機会が増えた。「高校生ラップ選手権」をはじめ、ラッパーたちが熱戦を繰り広げるラップバトル大会も人気が高まっているが、まだどんなものか知らない人も多いのではないだろうか。バトルのルールや楽しみ方、ラップの魅力について、出雲市で活動するラッパー、KOWREE(コウリー)さん(37)に話を聞いた。(Sデジ編集部・宍道香穂)
出雲市在住のラッパー・KOWREEさん(37)
「どんなマイナス要素もプラスに変えられる」 ラップの魅力
平日は会社員として県内の企業に勤務するKOWREEさん。会社勤めを続けながら、2008年に初めてラップバトル大会に参加した。国内最大級のラップバトル大会「UMB(Ultimate MC Battle:アルティメート・エムシー・バトル)」2012年島根大会ではチャンピオンに輝き、全国大会に出場。同じく全国規模の大会「戦極MCバトル」で活躍するほか、楽曲制作も精力的に行っている。
KOWREEさんは「高校生の頃からラップは聴いていたものの、ちょうどDragon Ash(ドラゴンアッシュ)やZeebra(ジブラ)が人気で、流行っているから聴いている程度でした。まさか将来、自分がラッパーになるとは思っていませんでしたね」と笑う。社会人になり数年が過ぎ、ラップバトル大会の映像を目にした時、衝撃を受けた。無名のプレーヤーが有名なラッパーに勝利したのを見て「これ(ラップ)なら、田舎に住んでいるとかコネがないとか関係なく、実力だけで有名になれる」と、ラッパーを志した。
KOWREEさんは魅力について「マイナス要素をプラスに変えられること。学歴が低いとか、容姿が魅力的でないとか、業界とのコネがないとか、一般的にはネガティブに評価されがちなことも、ラップをする上ではいくらでも持ち味になるんです」と話す。加えて「楽器や機材が必要なく、身一つで始められるのも良いなと思います。歌が下手でも関係ないし」。コンプレックスを武器に変える前向きな姿勢を感じた。身一つで表現するのは簡単なようで、難しい。そこに魅力があり、多くの人が惹きつけられるのだろう。
緻密な「ライム」や大迫力の「バトル」
ラップの醍醐味(だいごみ)といえば、韻を踏んだ詞。例えば「マイク」「サイズ」「大豆」と、母音が同じ単語を用いることで、心地よいテンポを演出する。専門用語では韻を「ライム」とよぶ。「曲を注意深く聴いてみると、こんなにたくさん韻を踏んでいるのか、とか、ここでも踏んでいたのか、と発見が楽しめます」と説明してくれた。「音楽通して知った世界 見えてる視野全然狭い」KOWREEさんの歌詞の一節を見ても、「知った」と「視野」、「世界」と「狭い」など様々な韻が見つかった。
先述の「UMB」や「戦極MCバトル」、「高校生ラップ選手権」といった大会もあり、出場者が交互に即興ラップを披露し勝敗を決める「ラップバトル」が繰り広げられる。二者の掛け合いが醍醐味で、互いに相手を批判しあう「ディス」の連続は大迫力。会場は一気に盛り上がる。勝敗の決め方はさまざまで、審判が判定したり観客の多数決で決めたり、あるいはその両方で決めたりする。
即興で、しかもリズムに乗りながらあらゆる言葉を次々に紡ぎ出すとは、素人にはとても真似できそうにない。よほどストイックに言葉をインプットしているのかと思いきや、「実践を重ねることで自然とできるようになりました。語彙力を高めるために本を読みまくっているラッパーは意外と少ないです」とのこと。意外。場数を踏むことで、力がついてくるのだろう。
地元を知ろうと思えた 「Hood(フッド)」という概念
全国大会への出場に加え、多くの楽曲を発表するなど活躍を見せるKOWREEさん。アーティストといえば東京で活動するイメージが強いが、活動拠点を東京に移すことは考えなかったのか。KOWREEさんに尋ねると「考えませんでした」ときっぱり。「最近は録音も自分でできるし、音源もデータで送ることができる。僕は自宅に録音ブースを自作しました」と、地方でもハンデがないことを説明する。
地元・島根で活動するもうひとつの理由は「Hood(フッド)」という概念。地元を代表(レペゼン)し、その土地の良さをアピールする、ヒップホップ文化に根付いた考え方だ。「地元の良さを発信するには、地元のことを知っておかないといけない。説得力が全然違いますから。“もっと地元を知ろう”と、地域の人々と積極的に交流するようになったことで、見える景色が変わりました」。何もない不便な島根があまり好きではなかったが、近隣の衣料品店や飲食店、ライブハウスの人々との交流を楽しむうちに、地元を好きになった。「Hood」である島根への思いは自身の楽曲『世界の中心で愛を叫ぶ』の歌詞にも表れている。「あれも無え これも無え ぶっちゃけ好きじゃなかったRAP始めるまで」「ローカルでもできるはず 道は違えどいるレジスタンス 腹割り出す地元スラング この先もここで音を鳴らす」と感情がほとばしる。特に「何もねえとは言わせねえ 島根なめんな」という歌詞には、胸が熱くなった。
「平凡」だからこそ伝えられること
KOWREEさんはラッパーの肩書を持つ一方、普段は会社員として県内の企業で勤務する。「特殊な境遇で育ったわけでもなく、いわゆる“不良”だったわけでもない。でも、だからこそ、平凡な日々の出来事や感じたことをすくい上げて、楽曲として表現できています」。特別目立つ存在でなかった自分だからこそ、できる道で輝いている。美しい風景やクスッと笑える出来事など、何気ない幸せをうまく描写できることに、楽曲制作の面白さを感じると話す。
https://www.youtube.com/watch?v=c5mSFYNGB9k
新型コロナウイルスの感染拡大により、思うようにライブやイベントができない日々が続く中、「今までは当たり前だった幸せ」を再認識したと語る。満員の観客を前にしてのライブやリリースイベントが、決して当たり前ではなかったと実感した。現在は出演予定のイベントも中止が続くが、「ないものをねだってもしょうがない」と、空いた時間を楽曲制作や若手ラッパーのサポートに充てている。「使える時間が増えたことで、楽曲制作のペースが上がりました」とうれしそうに話すKOWREEさんの今後の活躍が楽しみだ。
「ラッパー=いかつくて怖い」というイメージに反し、物腰柔らかで、ひとつひとつの質問に落ち着いて答えてくれたKOWREEさん。マイナス要素をプラス要素に変える前向きな姿勢、地元愛につながる「Hood」の概念といった、ラップ文化の新しい面も知ることができ、想像以上に奥深いラップの世界をさらに知りたくなった。
KOWREE Twitter(@KOWREE0853):https://twitter.com/KOWREE0853













