斐伊川。冨岡悦子さんの詩集「斐伊川相聞」は第58回日本詩人クラブ賞を受賞した(資料)
斐伊川。冨岡悦子さんの詩集「斐伊川相聞」は第58回日本詩人クラブ賞を受賞した(資料)

 相聞歌といえば、島根の人であれば万葉歌人・柿本人麻呂が妻への思いを詠んだ「石見相聞歌」を思い浮かべるだろうか。個人的には古事記にある八千矛(やちほこ)(大国主)の神と沼河比売(ぬなかわひめ)との求婚を巡る情熱的なやりとりも浮かぶ。昨年、それらに加わる一冊の詩集を読んだ。

 東京都在住の冨岡悦子さんの『斐伊川相聞』。2024年度の第58回日本詩人クラブ賞の受賞作だ。相聞の相手は亡き父。その対話の場に斐伊川が選ばれ、27の短詩が連ねてある。

 同クラブ会報紙によれば、冨岡さんの曽祖父の故郷は出雲市斐川町。明治時代の初期に東京へ移り「(1922年生まれの)父の代ですでに出雲は遠い地だった」が、7歳と12歳で両親を失った父には「斐川町と斐伊川は失われた故郷として大きな意味を持っていた」そうだ。

 先の敗戦で陸軍少尉の職を失い、早稲田大へ進学。陸上自衛隊を退職後、高校の国語教師を務めた父からは「人間が戦争に翻弄(ほんろう)されることの長く続く屈辱を」「敗戦を生き延びてなお文学を愛する意志を」学んだという。

 斐伊川と出雲に思いを寄せた父と娘の相聞は神話も絡み重層的で反戦への意思も静かに表現されている。学生時代に圧倒されたという松江市出身の詩人、故入沢康夫さんの代表作『わが出雲・わが鎮魂』への敬意も伝わる一冊は、島根県内の公立図書館では県立にしかないようで、広く知られていないのがもったいない。(衣)