19世紀末、大韓帝国の高官が自国領であるはずの鬱陵島を「日本の島」と認識していた文書「環璆(かんきゅう)日記」(1896年)が見つかった。韓国側は日本政府が竹島を領土に編入する閣議決定(1905年...
鬱陵島を日本領と認識 大韓帝国高官の記録「環璆日記」 鬱陵島や竹島に関する知識の乏さ物語る
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