もし一人の青年がいなかったなら、日本近代文化史に「小泉八雲」という名は刻まれなかったかもしれない。その青年の名は、西田千太郎。明治の松江で英語教師をつとめ、明治30(1897)年のきょう3月15日、34歳の若さで世を去った人物である。

 千太郎は、世に広く知られた人物ではな...