自由自在に立体の構造物を作ることができる3Dプリンターを医療に取り入れる試みが始まっている。既に歯科用マウスピースや人工骨などでは実用化され、心臓などの臓器を作る研究も国内外で進む。本物そっくりのものができれば、臓器提供者(ドナー)が見つからずに移植手術を待ち続ける患者を減らすことができるかもしれない。
▼設計図通り
2019年4月、イスラエルのテルアビブ大の研究チームは、特殊な「バイオ3Dプリンター」を使って人の細胞などから世界初となる立体的な心臓のモデルを作製したと発表した。モデルは直径14ミリ、高さ20ミリ。ウサギの心臓ほどのミニサイズだが、心房や心室、血管を備えている。
作り方はこうだ。人の人工多能性幹細胞(iPS細胞)から分化させた心筋と血管の細胞を、それぞれゼリーのようなゲルに混ぜて「バイオインク」を作る。これらを3Dプリンターに注入すると、バイオインクが積み重ねられて設計図通りの立体ができる。
ただ、臓器は骨などの組織と違って個々の細胞への酸素や栄養の供給が不可欠なため再現は容易でない。イスラエルの心臓モデルも血液を送り出すポンプ機能は実現しておらず、移植可能になるまでには課題が多い。
それでも研究は日進月歩で、チームは「10年後には、最先端の病院に臓器を作る3Dプリンターが設置され、日常的に使われているかもしれない」と予測する。
▼国産技術
実は日本もこの分野の研究では世界に負けていない。バイオ3Dプリンターで作った人工血管が人体に移植された例がある。佐賀大医学部の中山功一教授(再生医学)らが19年に開始した臨床研究で、透析患者の腕に設ける血液のルートに、患者自身の細胞から作った長さ数センチの血管を使用。現在も経過観察を行っている。
また、京都大病院の池口良輔准教授(手外科)らは、事故などで神経が損傷した人の手の指に3Dプリンターで作った管を移植し、神経の再生を促す医師主導治験を20年から実施している。
両チームの技術は医療系ベンチャーのサイフューズ(東京)が共同開発した。一般的な3Dプリンターでは成形の際につなぎとしてゲルを混ぜるが、その結果として移植後に体に異物と認識される可能性がある。
一方、両チームの手法ではつなぎを使わず、多くの細胞が集まった団子のような塊を積み上げて目的の形を作る。原料は患者自身の細胞だけなので拒絶反応や炎症、感染などが起こるリスクも低減できるという。
▼他の使い道
佐賀大の中山教授は「バイオ3Dプリンターを用いた治療は、手術でパーツを取り換えなければならないようなさまざまな病気で応用できるかもしれない」と話す。
移植できるほどでなくても使い道はある。例えば事務機器大手のリコーは、細胞を含まない立体的なゲルの模型を作製する技術開発に取り組んでいる。本物の臓器に近い感触を実現し、医師らの手術トレーニングや、術前のシミュレーションでの活用を見込む。
また、新しい薬の候補物質を人の体に投与する前に3Dプリンターで作った臓器のモデルで試し、毒性や効果を調べる取り組みも始まっている。
生みの親、実は日本人
3Dプリンターの原理は、現在は弁理士として活動する小玉秀男さんが名古屋市工業研究所に勤めていた1980年に発明した。印刷技術の展示会で感光性樹脂を使った版下の作成技術を見て、樹脂の層を積み重ねればどんな形でも作れると思いついたという。特許を出願し、論文を書いて学会発表もしたが、当時は評価されなかった。研究者としての自信を失い弁理士に転職。しばらくして米企業から特許出願中の商品の技術調査を依頼されたが、それがなんと3Dプリンターだった。自身が出願した特許は取得に必要な手続きをしておらず、幻に終わった。