米プロバスケットボールNBAのスターだったラリー・バードの音楽にまつわる逸話が興味深い。大物歌手ブルース・スプリングスティーンのことを「ロック界のバードだ」と聞いて関心を持ち、コンサートに行った。音楽を気に入ったわけではないが、汗を流し懸命に歌う姿に納得したそうだ。
バードは運動能力に恵まれた華やかな選手ではなく、シュート力と広い視野で一時代を築いた。支えたのがハードワーク。ロックスターに自身を重ねたのだろうか。
5年に1度のショパン国際ピアノ・コンクールが先月終わった。多くの名奏者を輩出した注目の大会。演奏動画の配信はありがたかったが、気になったのが視聴者からのチャットだ。「間違えた」「ペダルの踏み過ぎ」などと書き込まれては奏者は迷惑だろう。
こういう人たちは演奏経験があるのだろうか。名ピアニストだった故・中村紘子さんは自著の中で、クラシック音楽を生み出した西欧の人々が演奏ではなく、“見る側”に回ってしまったと指摘した。コンクールで本場から遠いアジア勢の出場者が多いのもうなずける。
現代の日本人も、子どもの頃に相撲や草野球で遊んだ経験のない人が多い。見る側に回り、難しさを知らずに競技者を批評する。同じ理屈か。修正の利くスタジオ録音とは違い、ライブは生き物でミスもする。バードのように「一生懸命だから良い」でいいのではないか。(板)













