妻の退院後もしばらく安静期間が続いた。料理は保存が利く、カレーなどを大量に作った
妻の退院後もしばらく安静期間が続いた。料理は保存が利く、カレーなどを大量に作った

 「おかあちゃーん」

 保育所から連れて帰った娘が、家の玄関で靴を脱ぎ捨て、パタパタパタと居間にいた妻に向かって駆けていった。妻の長期入院が終わり、3人の生活に戻った日。娘の背中を見て、肩の荷が下りた気がした。

 娘と2人きりだった2カ月間の日記を読み返すと、こんな走り書きがあった。「(家事を)頑張る、というのではない。やらなければ回らない」「自分の食は後回しで結果的に(食の)量が減り、痩せた」「家事や仕事など全てが中途半端。やりきった感がなくモヤモヤ」「限られた時間で何をやり、やめるのか、判断力が問われている」。切羽詰まった気持ちがにじみ出ていた。

 妻の帰宅で娘は口数が増え、保育所で教わった歌を積極的に披露した。娘の変化を見るにつけ、余裕のない父を前に小さな体で我慢していたんだと実感した。

 親として娘と親密になれたという自負はあり、その姿を妻にも披露したかった。しかし妻の退院で関係性は見事に元通り。寝室で娘は母親にべったりで、ついこの間まで娘がいた記者の布団は急に寂しくなった。「まあ、そうだわな」と苦笑いした。

 退院、安静期間を経て約1カ月後、出産の日を迎える。「これ陣痛かな?」とのんびりしている妻と身支度し、「○ちゃんも行く」と妙に張り切る娘。ようやくここまで来たのか、3人生活も最後か、と少し感慨に浸った。

 夫婦2人で分娩(ぶんべん)室に入り、2度目の立ち会い出産をした。本格的な陣痛を前に分娩室を出てスタスタと手洗いへ向かう妻。初産の時と比べひょうひょうとし、母の貫禄を帯びていた。

 陣痛の感覚が徐々に短くなると、無心で腰をさすり、足をマッサージ、給水を続ける。陣痛が始まって7時間後、産声が響いた。初産と比べて時間は短かったが、最後は酸素マスクを装着するなど、壮絶さは変わらなかった。

 妻に「頑張った」と感謝を伝え、新しい命に「皆で待ってたよ」と呼び掛けた。新たな生活が始まった。