JR東海で、切符やICカードを使わず東海道新幹線の改札や在来線との乗り換え口を「顔パス」で通過できるようにする顔認証の実証実験が始まった。改札に設置したカメラで乗客の顔をとらえ、目や鼻、耳の位置関係などの特徴と、あらかじめサーバーに登録してある特徴を照合する。マスクをしていても、ほぼ問題なく認証できる。

 近年、顔認証による本人確認は急速に拡大している。テーマパークの入場や空港の搭乗手続き、病院や薬局で健康保険証代わりにマイナンバーカードを使う際など、さまざまな場面で活用され、さらに犯罪捜査でも、防犯カメラに写った顔と過去の逮捕者らの顔とを照合するのに用いられる。

 いずれも、作業の効率化に役立っているのは間違いない。ただ監視社会のリスクとも背中合わせだ。とりわけ捜査を巡り、プライバシー侵害の懸念が絶えない。会員制交流サイト(SNS)などでインターネット上に膨大な顔情報が出回り、個人の顔を識別できる防犯カメラが街中に広がっていけば、公共空間における匿名性は失われる。

 行動の追跡も容易になろう。しかし現在、顔情報の利用を規制する法律はない。警察や行政機関、民間事業者などによる顔情報の収集・廃棄のルール、さらに第三者機関が運用をチェックする仕組みを早急に整え、野放図な拡大に縛りをかけることが求められよう。

 顔認証システムの運用は、2002年に日本と韓国が共同開催したサッカーのワールドカップでフーリガンと呼ばれる暴力的ファンの入国を警戒し、関西空港や成田空港の税関に設置されたのが始まり。それ以降、官民を問わず設置が拡大する中、警察は14年度、実験的に一部地域で捜査に導入。昨年3月から全国で本格運用を開始した。

 事件現場から各地の防犯カメラに写った容疑者らの足取りをたどる「リレー捜査」などに用いられ、都内で起きた殺人など重大犯罪の検挙率は03年の55・1%から大幅に上昇。19年には92・4%に達した。今や捜査の大きな柱になっている。

 海外に目を転じてみると、昨年、米国で顔認証技術を手掛けるIT大手は相次いで、人権侵害の恐れがあるとして警察への関連ソフト提供を停止すると表明。英国では防犯カメラで同意なく撮影されて警察が保有する顔写真を照合され、人権を侵害されたとする男性の訴訟で、裁判所が「顔認証がどこで使われ、誰が対象となっているか明確な指針がない」と指摘し、違法と判断した。

 また日本もオブザーバー参加する欧州評議会は今年1月に公表したガイドラインで、マーケティングや防犯の目的で企業が顔認証技術を用いてはならないとしている。

 そうした中、日本では書店で万引を防ぐためにも用いられるなど、運用は拡大の一途をたどっている。日弁連は対象者の同意なく顔認証技術を使うことを原則禁止するなど厳格な条件を設けるべきだとし、個人情報保護委員会による実効的な監督も含め、法整備の必要性を訴え続けている。

 交通機関で顔認証技術によって、どんなに利便性が向上しても、防犯カメラと組み合わせて特定の個人がいつ、どこで何をしていたかプライバシーの領域にまで踏み込んで、たどることも可能になるという側面があることを忘れてはならない。