一部で供給が不足しているインフルエンザワクチン
一部で供給が不足しているインフルエンザワクチン

 インフルエンザの流行が心配な時期になった。例年なら医療機関に電話で予約をすれば接種できるが、今年はワクチンの供給量が少なく、予約が取れず、接種しにくくなっている。一体何が原因なのか。実態を探った。(Sデジ編集部・吉野仁士)

 

▼「ありえなかったこと」

 「既に予約数が上限に達したので、すみませんが現在は予約を受けていません」。12月上旬、記者がワクチン接種の予約の電話をかけると、電話口からは女性の申し訳なさそうな声が返ってきた。

 電話をかけた松江市内の診療所では11月から接種の受け付けを始めたが、ワクチンの供給が例年よりも少なかった影響で、半月で予約が入荷量に達し、受け付けを停止したという。その後も供給のめどが立たず、接種の受付は今も停止したままだ。女性は「接種予約を断るなんて、これまではありえなかった」と驚いていた。

 続いて、勤務先のビルに入る板倉胃腸科クリニック(松江市殿町)に聞いてみた。11月から接種を始め、先の診療所と同じく月半ばで予約の受付を締め切ったという。板倉滋院長(67)によると、ワクチンを発注する9月の段階で、ワクチンを取り扱う卸売業者から「今年は昨年の7割程度しか供給できそうにない」と言われ、予約の受付は毎年接種している人に限定した。それでもワクチンの消費は想像以上のスピードだった。

 ワクチンは例年、不足するどころか余るほどで、ここ数年は余ったワクチンを返品したという。板倉院長は昨年までと全く違う現状に「いつ次の供給があるのか分からないから、予約が受け付けられない」と困惑した様子だ。

過去のインフルエンザワクチンの予防接種の様子。今年は一部で例年のように接種できない事態が起こっている(資料写真)

 

▼供給不足、完全解消ならず

 記者は毎年11~12月に接種を済ませる。いつも通りの時期に、自宅や会社近くの診療所で接種できると思っていたため、断られて驚いた。自治体がまとめた接種を行う医療機関のリストを参考に電話をかけた。

 幸い、3件目に電話した診療所で「予約は受け付けていませんが、接種できますよ」と言われ、接種を受けることができた。待合室には仕事の合間を縫って来たとみられるスーツ姿の男女が数人。接種できると聞いて駆けつけたのだろうか。

 問診票を書くついでに、受付の女性にワクチンの供給状況について尋ねたところ、現状ではワクチンが足りないわけではないそうだ。ただ、供給のペースが例年より半月ほど遅く、卸売り業者からは「今季最後の供給分は12月16日」と言われたという。例年ならば、1月以降に接種をする人はほとんどおらず、12月上旬の最後の供給分でシーズン終わりまで接種を続けるそうだが、今季はどうなるか分からない。

記者は幸いにも早い段階で無事に接種を受けることができた(画像の一部を加工しています)

 インフルエンザワクチンの供給不足は全国で10月ごろから叫ばれ、厚生労働省は12月までには解消するとの見通しを示した。記者が接種後も松江市内の診療所にワクチンの供給状況について尋ねたところ、10件中7件が「12月以降、ワクチンは足りている」との回答だった。予約が全く取れないということはないが、供給不足が完全に解消されたとは言えないようだ。

 

▼不足の理由、生産の遅れか

 これまで余るほどだったワクチンが、今年はなぜ不足したのだろうか。話を聞いた診療所はいずれも明確な理由については「分からない」ということだった。

 接種を行う医療機関のリストから複数の医療機関に尋ねると、不足の理由について「分からない」と言われ続けた。諦めかけた時、かわつ田中クリニック(松江市西川津町)の田中賢一郎院長(39)が、ワクチンが不足した理由をメーカーから直接聞いたと話してくれた。

 田中院長によると、大きな理由はワクチン生産の際に使う、滅菌のための専用フィルターの入手遅れ。フィルターは世界的に流行する新型コロナウイルスのワクチン生産にも使われる。今年は多くのフィルターがコロナワクチン生産に使われたため、インフルエンザワクチンの生産に使用するフィルターの入手が遅れ、結果的にワクチンの生産も遅れたそうだ。その上で「日本感染症学会が9月末、インフルエンザワクチン接種を推奨する声明を出した。ワクチンの供給が遅れた所に接種希望者が増加し、供給が間に合わない事態が起きたのでは」と話した。

 

▼生産遅れと接種推奨

 厚労省の調査では、季節性インフルエンザの患者報告数は2019年が187万6083人だったのに対し、2020年は56万3487人と約3分の1に減った。理由は国民が手洗いやうがいの励行、マスク着用など新型コロナウイルスの感染防止策を徹底したことが挙げられる。ウイルスの感染防止策の効果は、新型コロナもインフルエンザも同じだ。

新型コロナウイルスの流行以降、人々の手洗いや消毒に対する意識は目に見えて変わった(資料写真)

 昨季の状況を受け、日本感染症学会は国内で集団免疫が形成されなかったことで、今季は海外からインフルエンザウイルスが流入した場合に大流行する可能性があると予測。9月末、積極的なインフルエンザのワクチン接種を推奨する声明を出した。

 島根県健康福祉部の公衆衛生医師、谷口栄作・医療統括監は、ワクチン生産量の減少が理由と分析する。「メーカーは前年や過去数年間の接種数を見て生産量を決めるはず。ワクチンが余れば赤字になるので、今年は生産量が例年より少なかった可能性はある」とする。ワクチンの供給不足はメーカーの生産計画と、学会の予測による接種需要の高まりが関係していそうだ。

 インフルエンザワクチンの国内メーカーの一つ、デンカ(東京都)に直接尋ねた。広報担当者によると、田中院長が話した通り、ワクチン生産に使うフィルターの調達がコロナの流行によって遅れたことで、インフルエンザワクチンの生産と出荷が遅れたという。世界的にコロナワクチンの接種が進み、生産の遅れは取り戻しつつあるが、今季の生産量については「昨季より少なくなる」とのこと。地域によって、今シーズン中は供給不足が続きそうだ。

 

▼12月以降、インフルエンザ流行の可能性は

 今季のインフルエンザの流行について、島根大医学部小児科の竹谷健教授(50)は「例年なら1月が感染者のピーク。12月の時点ではやっていないので、今季もはやらない可能性はある」と話す。13日時点で、竹谷教授は院内で今季のインフルエンザ患者を1人も確認していないという。流行しない理由として、昨年から国内でウイルスが流行していないことに加え、海外からの入国者に発熱があった場合、コロナの疑いで空港の検疫で止められる点を挙げた。「インフルエンザはコロナと違って必ず発熱する。世界的に流行しているわけでもないので、ウイルスが国内に持ち込まれて広がる可能性は低い」と分析する。

 ただ「万が一、流行した場合は昨年流行しなかった分、症状が出る人は多いだろう」とし、流行の可能性が低かったとしても積極的にワクチンを接種するよう勧めた。接種できなかった場合でも、コロナ感染予防の手指消毒やマスクといった対策を徹底すれば、流行は防げるという。

 

 12月以降のワクチン供給状況は10、11月に比べて回復傾向にあるが、例年のように全ての診療所で誰もが予約できる状況にまで回復するのは難しそうだ。インフルエンザは油断できない。健康な体で年末年始を過ごせるよう、手洗いや消毒、マスクといった感染防止のための基本動作を徹底したい。