2022年の干支(えと)は寅(とら)。干支にはネズミや羊などかわいらしいものが多い。考えてみると虎は干支の中では飛び抜けて迫力がある。日本列島に虎はいなかったとされているが、島根、鳥取両県で今年の干支の虎にまつわるものを訪ねた。(Sデジ編集部・吉野仁士)
「虎の威」でコロナ退散! 山陰に潜む虎たち<下>(Sデジオリジナル記事)
★「虎(大橋翠石)」 足立美術館(安来市古川町)

広大な日本庭園と、近代日本画の巨匠・横山大観のコレクションで知られる足立美術館。所蔵する約2000点の作品のうちに「虎」の作品がある。実は30~50作品を対象に過去4回、実施された来館者による人気作品の投票のうち2回、1位に輝いている。
作品の大きさは高さ140センチ、横幅153センチ。虎は上半身を起こし、りりしい表情で前方を見据える。体は毛並みの一本一本が見えそうなほど丁寧に描き込まれ、今にも歩き出しそうだ。
主任学芸員の織奥かおりさん(44)によると、作者の大橋翠石(1865~1945年)は「虎の翠石」と評されるほど虎の絵に定評があった。海外からの評価も高く、1900年のパリ万国博覧会で日本画の大家が多く出品する中、日本人唯一の金牌(ぱい)(金賞)に輝いたという。翠石の描く虎の迫力は同じ明治期に描かれた虎の絵の中でも群を抜く。
翠石は動物好きで、虎を描く前は特に猫の絵を多く描いた。地元の岐阜県に訪れた見せ物興行で虎の実物を見て通い詰め、10日にわたって写生を続けたそうだ。
織奥さんは「明治の頃、島国の日本に虎はいなかった。多くの日本画家が、中国の絵に描かれた虎を見たり想像を交えたりして虎を描く中、実物の特徴をつかんだ翠石の虎の迫力は、他の作品と比べても一目瞭然」と話す。
現在、翠石の「虎」は展示替え中で、次の展示は6月1日からの夏季特別展になるという。世界的に評価された日本画家が描いた虎を、寅年のうちにぜひ見ておきたい。織奥さんは「絵の特徴は迫力と毛並みの美しさ。今にも動き出しそう、という表現がそのまま当てはまる」と魅力を語った。
足立美術館の営業時間は、4~9月は午前9時~午後5時半、10~3月は午前9時~午後5時。入館料は大人2300円、大学生1800円、高校生1000円、小中学生500円。
★「虎のこま犬」賀露神社(鳥取市賀露町北1丁目)

鳥取市の賀露神社は五穀豊穣(ほうじょう)や文武両道、交通安全をつかさどる5体の神様を祭る。参道両脇に鎮座するこま犬は、全国でも珍しい虎の姿。神様を守るべく、参拝客に今にも飛び掛かりそうな体勢で常ににらみを利かせる。
岡村吉明宮司(84)によると、一緒に並ぶ通常のこま犬は来待石で造られているが、虎は風化しにくい凝灰岩で造られている。虎は高さ1メートルの台の上に乗っていて、像の高さは80センチ。こま犬と同じく阿吽(あうん)の表情で、口を開けた虎と閉じた虎の2体が並ぶ。足立美術館の翠石の虎と違い、迫力の中にもかわいらしさがあり、つい触ってみたくなる石像だ。
石像の台座には「秋本岩蔵」という人物が大正11(1922)年に寄贈したとある。秋本氏は氏子で、朝鮮半島に在住したという。朝鮮では古来、虎は神聖な動物と考えられ、虎に関する民話や工芸品が多く残る。岡村宮司は「故郷の神社のため、神聖な虎をかたどったこま犬の制作を考え、奉納した可能性が高い」と推測する。

虎は朝鮮半島の神聖な動物との言い伝えに加え「虎は千里往って千里還る」ということわざがあるように、力強いイメージがある。いつしか「なでると虎のように強くなれる」といううわさが広まり、参拝客の人気を集めるようになった。虎つながりで、プロ野球の阪神タイガースのファンが訪れ、石像にユニホームを着せたり、応援バットを供えたりして優勝を祈願していくそうだ。
岡村宮司は「新型コロナ禍が続くが、今年は虎のように勢いのある人が多い世の中になるよう、たくさんの人に虎のこま犬を触りにきてもらいたい」と笑う。
偶然にも今年は寄贈から100年という節目になった。節目の年が干支というのも何かしらの縁起を感じる。「虎の威」を借りる、いや、あやかりたいという人は、初詣に限らず、ぜひ参拝してみてはどうだろうか。