授産センターよつばが制作する大型の「張り子の虎」
授産センターよつばが制作する大型の「張り子の虎」

 新型コロナウイルス新変異株への不安を抱え、迎えた寅年。虎は病魔を退散させる力を持つとされ、縁起物に使われてきた。山陰両県で干支の「虎」を追う<下>では、疫病退散や子孫繁栄を願って、伝統工芸品と動物愛にあふれる地元画家が描いたびょうぶ絵を紹介する。(Sデジ編集部・吉野仁士)

追跡 山陰の「寅」 美術館や神社に潜む虎たち<上>

 ★「張り子の虎(はりこのとら)」 授産センターよつば(松江市打出町)

病魔を払うとされる張り子の虎

 「張り子の虎」は虎の形をした金型に、和紙を貼ったり着色したりして作る民芸品。病魔を退散させる力を持つとされ、子どもの健やかな成長を願って初正月や端午の節句に飾られる。首の部分が上下に揺れるため「首振りの虎」とも呼ばれ、島根県内では松江市打出町、障害者支援施設の授産センターよつばが大小2種類を製作する。

 同センターによると張り子の制作は1972年ごろ、松江市内の張り子職人が施設に造り方を伝え、82年ごろから販売を開始したという。現在は同センターの就労継続支援B型事業所で、障害者8人が作業に関わる。

 島根県立古代出雲歴史博物館(出雲市大社町杵築東)によると、伝統的な張り子の虎は「張子虎」と呼ばれ、古くから出雲地方で作られた。昭和、平成に入っても、出雲市で工房を営んでいた職人の高橋孝市さんが手掛けた作品が全国的に知られ、県ふるさと伝統工芸品になった。

歓談される天皇ご一家=2021年12月21日、皇居・御所(宮内庁提供)

 今年の正月に宮内庁が、天皇ご一家の新年のあいさつとして公開した写真では、出雲地方の張子虎を前に歓談される様子が写された。宮内庁によると、皇居・三の丸尚蔵館に収蔵された高松宮家由来のもの。皇室でも使用されるほどに由緒正しい品であることが分かる。

 高橋さんは2009年に他界。県立古代出雲歴史博物館によると制作方法や虎の表情は違うものの、現在、県内で張り子の虎を制作するのは同センターだけだという。

授産センターよつばが制作する、小さい方の張子の虎。手乗りサイズでかわいらしい

 完成した張り子の虎は尻尾を勢いよく立て、四脚で地面を踏みしめながら、険しい表情を前に向ける。その迫力で、病魔を次々に追い払ってくれそうだ。工程の全てが手作業なため全く同じ模様の虎はない。絶妙な筆圧と絵の具のかすれ具合で、個性のある虎が生み出されていく。毎年、大小合わせて約500個を製作し、松江市の島根県物産観光館や県内の土産物屋で販売され、人気を集めているという。

 作業工程は、ぬらした広瀬和紙を金型に数枚貼り付け、乾燥させて成形し、金型を取り出す。チョークの原料の白いタルクを塗って再び乾燥させ、研磨した上で、絵の具で絵付けする。作業にかかる時間は小さい虎(長さ11センチ)1個作るのに2、3日、大きい方(長さ41センチ)は2、3週間かかるという。

 同センターの就労継続支援B型事業所長の金山努さん(44)は「張り子の人気は一時期落ちたが、最近また高まった。地域の工芸品として、絶やすことなく製作を続けていきたい」と話す。小さい虎は家庭の飾り棚や職場のデスクに乗せられるサイズ。寅年を健康に過ごすため、張り子の虎の力で病魔を追い払ってもらえたら嬉しい。

 

 ★びょうぶ絵「虎渡河(とらかわわたり)(小村大雲)」 平田本陣記念館(出雲市平田町)

虎の親子が川を渡る場面を描いた「虎渡河」。親子の仲むつまじい様子が分かる(平田本陣記念館提供)

 平田本陣記念館では2匹の親虎が子の虎を口にくわえたり、背中に乗せたりして川を渡る様子が描かれたびょうぶ絵「虎渡河」を展示する。作者は地元、平田町の出身で、動物画を多数描いた小村大雲(1883~1938年)。虎は子をかわいがることで有名で、子孫繁栄の縁起物としても知られる。虎の絵は強さや迫力を強調した作品が多い中、小村の作品は虎が自然の中で見せる一瞬の親子愛を切り取った、興味深い作品だ。

 びょうぶは六曲一隻(せき)で縦155センチ、横362センチ。写生の研究に熱心だった小村が描く虎は、歩く際の尻尾の高さまで忠実に描写される。虎の風格ある立ち姿はそのままに、わが子をいたわりながら移動する様子を堅実な筆致で表現した。親虎の表情には迫力の中に柔らかさがあるように見える。

 学芸員の山田勝さん(55)によると、小村は動物の絵を得意とし、30代の頃には文部省の美術展覧会に出品した馬の絵が宮内省に買い上げられ、大正天皇の私有品となったほど。小村は京都に住み、近くの動物園に何日も通い詰めてライオンや虎といった動物の特徴をひたすら観察したという。<上>で紹介した足立美術館の大橋翠石と同様、絵に懸ける情熱を感じる。

 小村は画家の仕事が忙しく、動物園に行く時間が惜しいという理由で、自宅で多くの動物を飼い始めた。イヌやネコ、サルをはじめ、リス、キツネ、クジャクと、動物園でしか見ない動物まで飼育したそうだ。山田さんは「絵の勉強のためなら納得いくまで研究する、小村大雲の情熱がうかがえるエピソードだ」と笑う。さすがに虎は飼わなかったようだ。

 小村の自宅は周囲の人から親しみを込めて「大雲動物園」と呼ばれ、平田本陣記念館では同名の企画展が開かれた。深い動物愛で描かれた、虎のびょうぶ絵。大橋翠石の虎の絵と合わせて身近な場所にこだわりの虎の絵があることはうれしい。双方の所蔵館に足を運んで見比べてみるのも面白い。虎渡河が直近で見られるのは、出雲文化伝承館(出雲市浜町)で1月8日~2月27日に開かれる、虎の絵画や工芸作品を集めた企画展。出雲文化伝承館は月曜休館で、企画展の観覧料は一般700円、高校生以下は無料。3月以降は通常通り、平田本陣記念館で見られる予定だ。