甲府市で昨年10月、会社員夫婦を殺害、証拠隠滅のため住宅に放火したとして、甲府地検は殺人や現住建造物等放火などの罪で19歳の男を起訴し、実名を発表した。1日施行の改正少年法で18、19歳は少年でも大人でもない「特定少年」と位置付けられ、大人と同じ刑事裁判で裁くため起訴されれば、実名報道を認める規定が設けられた。

 改正を経て罪を犯した特定少年については、全ての事件を家庭裁判所に送るところまでは18歳未満の少年と同じだが、刑事処分が相当として家裁から検察官に原則逆送される対象事件を拡大するなど厳罰化が図られた。その一環として実名報道も解禁された。ただ影響はあまりにも大きい。

 いったん実名が表に出ればインターネット上で繰り返し拡散されて半永久的に残り、立ち直りや社会復帰の障害になる恐れもある。更生・保護を旨とする少年法の枠内に18、19歳をとどめながら、一方で実名公表という〝制裁〟によって、やり直す道を狭めかねない。検察はもちろん、メディアも実名の扱いについては慎重に判断したい。

 また政治主導で厳罰化のレールが敷かれたため議論は十分に尽くされておらず、更生・保護に取り組む家裁や少年院など現場の声もほとんど反映されなかった。これから改正法の適用が積み重ねられていく中、実名解禁などを巡り検証と見直しを怠ってはならない。

 少年法の適用年齢を20歳未満から18歳未満に引き下げるかどうか、法制審議会の部会で議論が始まったのは2017年3月だった。しかし賛成派と反対派が鋭く対立。3年余りたっても結論は出ず、引き下げに積極的な自民党が慎重な公明党との間で、適用年齢の維持と18、19歳の厳罰化という折衷案をまとめた。

 法制審もこれに沿って答申、改正案の中身が固まった。国会で野党側は実名報道で18、19歳に不利益が及ぶと指摘したが、政府は改正民法で成人年齢が18歳に引き下げられたことを挙げて「大人として責任を果たすことが求められる」などと反論し、譲らなかった。

 改正法の付則は施行から5年経過後に特定少年の扱いを改めて検討すると規定。衆参の法務委員会は健全育成や更生の妨げにならないよう配慮の周知を政府に求める付帯決議を採択している。

 これを踏まえ、最高検は実名発表を検討する対象として「犯罪が重大で地域社会に与える影響も深刻な事案」を挙げ、殺人や強盗致死傷といった裁判員裁判事件が典型と考えられると全国の高検、地検に伝えている。

 それ以外の事件でも、実名公表を求める社会の要請が高く、更生に与える影響が比較的小さい場合などには、個別の判断で公表を検討することがあるともしている。今回の実名発表は、こうした方針に基づくものだ。

 とはいえ起訴されても、裁判所が少年院送致などの保護処分が相当と判断すれば、事件を家裁に送り返すこともあり得る。起訴の時点で実名が公表されてしまうと、取り返しがつかないと懸念する声も根強くある。

 事件を起こしても容疑者の名前は表に出ず、保護処分になるなど少年は過剰に守られているとの被害者や遺族の声は無視できないが、今後、時間の経過とともに実名公表が機械的に行われるようになるのは何としても避けなければならない。