「自然に妊娠することは厳しいですね。できるだけ早く治療を始めましょう」
医師に告げられ、頭が真っ白になった。「わかりました」。人ごとのように上の空で返事をし、あふれそうになる涙をこらえた。
2021年8月、私たち夫婦の不妊治療が始まった。結婚し、同居を始めてからわずか4カ月後のことだった。
21年3月、私(当時33歳)は結婚を機に10年勤めた新聞社を辞めた。就職浪人し、夢だった職業に就いたのに、突然辞めることになるとは思ってもみなかった。
結婚を決めたとき、私は島根、夫は東京で働いていた。社内結婚で、東京に転勤になったばかりの夫は、数年は島根には戻らない。もし20代だったら、夫が戻ってくるのを待っただろう。だが、真っ先に頭に浮かんだのは「33歳」という年齢と「子ども」だった。
30歳までに結婚して子どもがほしい。一人っ子だったからできれば2人、にぎやかな家庭を築きたい。10代の頃から何となく思い描いていたライフプラン。気付けばとっくに30歳を過ぎていた。人生、思い通りにはいかない。
35歳を過ぎての出産を「高齢出産」と呼ぶ。女性の体は生まれたとき、一生分の卵子がすでに存在する。卵子は年を重ねるにつれ数が減り、老化するため妊娠しづらくなる。35歳を超えると流産率が上がり、出産時の母子へのリスクが高まる。私の中で35歳という壁は大きかった。
30歳までに結婚はできなかったけど、できるだけ早く子どもがほしい。それなら急がないと、迷っている暇なんてない。そのとき私が優先すべきは、仕事より家族だった。
東京で夫との楽しい新婚生活と新しい家族の誕生が待っている―。そのときは、そう思っていた。
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日本では女性の社会進出とともに晩婚化が進み、妊娠する年齢も年々高くなった。不妊治療に取り組むカップルは増え、およそ10組に2組。本年度から国の少子化対策として保険適用となったが、治療や当事者の負担は、知られていないことが多い。34歳同士の夫婦が向き合う、不妊治療のリアルをつづる。
(元山陰中央新報記者・石川麻衣)
=隔週金曜掲載=
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