宍道湖で捕れた、通常よりも殻の色が黄色に近いシジミ
宍道湖で捕れた、通常よりも殻の色が黄色に近いシジミ

 料理漫画の名作「美味しんぼ」(原作・雁屋哲、作画・花咲アキラ、小学館)で「宍道湖にはうま味がすっきりとした黄色いシジミが存在する」という話が掲載された。シジミの殻は黒色のイメージ。「黄色いシジミ」は実在するのか。4月23日の「シジミの日」(日本シジミ研究所制定)を前に、黄色いシジミを追った。(Sデジ編集部・吉野仁士)
 

 漫画「美味しんぼ」で宍道湖のシジミの話が登場するのは、14巻(1988年刊行)の「椀方試験」。関東の一流料亭の昇格試験で、料理人がシジミのすまし汁を出され、期限までに同じ味のものを作るよう言われる。しかし、知る限りのどんなに新鮮で良いシジミを使っても、同じような豊かな味が出せない。実は、そのすまし汁はシジミの本場、宍道湖の黄色いシジミを使って作ったものだった、という内容。

漫画「美味しんぼ」の一場面。試験に合格するためのカギとして、宍道湖のシジミが紹介された

 作中ではシジミの殻の色は育つ海底の環境によって違い、泥地で育ったものは黒色、砂地で育ったものは黄色くなる。泥地で育った黒いシジミにはわずかに泥の臭いが付くため、すまし汁にすると泥のない、黄色いシジミの豊かな味わいとの差が明瞭になる、と展開していく。

 山陰では、シジミのみそ汁を飲む人は多いが、殻の色や微妙な味の違いを意識している人は少ないのではないか。漫画の話ではあるが、黄色いシジミは実際に存在しているのだろうか。

作中で描かれた「黄色いシジミ」。一目で見分けられるほど色に違いがあるらしいが、実際はどうなのだろうか

 

 ▼実在の人物がマンガに登場

 島根県はシジミの漁獲量日本一の県として知られる。宍道湖漁業協同組合(松江市袖師町)によると、シジミの年間漁獲量は3880トン(2020年)に上り、全国の約4割を占める。特に宍道湖のヤマトシジミは「宍道湖シジミ」のブランド名で全国的に有名という。

宍道湖で捕れたヤマトシジミ。やはりほとんどが黒色で、地元民としてもこちらが見慣れた色だ(資料)

 組合の桑原正樹参事(36)は「話の内容はかなり現実に即している。ただ、色は黄色というよりは茶色に近い」と話した。漫画の中で黄色いシジミについて紹介し、宍道湖の自然を守る重要性を説いた組合長のキャラクターは、実際に取材を受けた、当時の宍道湖蜆(シジミ)組合の井原信夫会長がモデルだったことも教えてくれた。

マンガ内でキャラクターとして描かれた井原信夫さん。実際は宍道湖蜆組合の会長だそうだが、マンガでは漁業組合長として紹介されている

 島根県の研究機関、県水産技術センター内水面科(出雲市園町)によると、シジミの生息地によって殻の色の違いが目立つのは事実とのこと。ただ、必ずしも泥地なら黒、砂地なら黄と決まっている訳ではない上、殻の色が変わる詳しい原因は分かっていないという。

 桑原参事は「味については、同じヤマトシジミなので、殻の色によって大きな違いが出ることはないのでは」と話した。漫画「美味しんぼ」は全国で取材し、しっかりした調査もされている、という話を聞いた。黄色いシジミのすまし汁をぜひ味わってみたいと思った。

 

 ▼黄色いシジミ汁実食、味は

 桑原参事によると、漁師がシジミを殻の色ごとに分けて卸すことはなく、最近はあまりスーパーなどにも出回らないので、黄色を入手するのは難しいという。

 また、黄色は捕れる数そのものが少ない。シジミ漁師は265人いて、黄色いシジミが捕れる砂地で漁をするのは20人に満たないという。漁師の数から計算すると黄色いシジミは全体で捕れるうちの1割以下という、まさに幻のシジミだ。

 どうしても黄色いシジミが欲しいと組合に協力を依頼したところ、何人もの漁師が宍道湖でシジミをかき集め、黄色に近いシジミ1キロほどをまとめて譲ってくれた。桑原さんの言うとおり、黄色というよりは茶色に近いが、通常の黒色とは明らかに色味が違う。宍道湖の中で、比較的砂地が多い松江市側で捕れたものだという。

漁師たちが宍道湖中からかき集めてくれた黄色い(茶色っぽい?)シジミ。普段見掛けるシジミよりは明らかに明るい色をしている
通常の黒(左)と並べると、違いが一目瞭然だ

 自宅で早速、黄色いシジミを使ったすまし汁を作ってみた。調味料は少量の塩としょうゆ。一口含むと、口にあっさりとしたシジミの風味が広がる。みそ汁では気付かないが、すまし汁にすると、通常の黒いシジミの味と比べてシジミのうま味が際立つように感じた。ついつい自宅で調理してしまったが、料理人の方に協力してもらい、味の違いを見極めてもらった方が良かったと反省した。

黄色いシジミを使ったすまし汁。最小限の味付けでも、シジミが持つうま味だけでまさに「究極のすまし汁」に仕上がっている

 漫画の中では黒のシジミは関東、黄のシジミは関西で人気とあった。どちらもおいしいのはもちろんだが、黒と黄で若干の風味の違いがあるのかもしれない。

 

 ▼黄色は不人気?

 黄色いシジミが捕れる砂地で漁をする漁師はなぜ少ないのだろうか。宍道湖でシジミ漁を続ける松江市玉湯町布志名の漁師、福間弘幸さん(49)は「正直、黄色は人気が無い」と苦笑いする。

 福間さんによると、消費者の中で「シジミは黒」というイメージが強いらしく、黄色いシジミが混じると「外国産ではないか」と言われることがあるという。実際、シジミを買い取る問屋からは「黄色は客の反応が悪いからあまり持ってこないで」と言われるそうだ。黒いシジミが一般的になった今、黄色は異質な物という、イメージができてしまったのかもしれない。

 こうして黄色いシジミは昔より捕られなくなっていったとみられる。福間さんは「私たちからすれば黄色も立派なシジミ。こういうシジミもあるのだと、もっと多くの人に知ってもらい、黒色とともに広く売り出していきたい」と願う。

 

 漫画をきっかけに全国に誇る宍道湖シジミの歴史や新たな一面を知ることができた。もし、スーパーで黄色いシジミを見掛けても変な色だと思わず、むしろラッキーだと思うぐらいがよさそう。黄色いシジミに運良く巡り逢うことができたならば、貴重で豊かな味を確かめてみてもらいたい。