ロシアはウクライナ南部の要衝マリウポリの制圧を宣言した。ウクライナ側は制圧を否定し、抗戦を主張するが、残存部隊は製鉄所の地下壕(ごう)などに閉じ込められた状態で、効果的な反撃は難しい。
ロシア軍は東部ドネツク州、ルガンスク州の全域掌握を目指し、マリウポリ制圧に注いだ力を転用するだろう。東部2州の支配地域拡大は、プーチン大統領が5月9日の戦勝記念日に向けて、ぜひとも国民に誇示したい成果である。
戦果を急ぐロシア軍と、欧米の支援を受けたウクライナ軍との決戦は、首都キーウ(キエフ)の攻防に次ぐ戦争の新たな段階である。しかも、平野部での戦闘は、戦車や砲撃を主体とする「殲滅(せんめつ)戦」の様相を呈するとみられる。双方に、より多くの死者が出ることが懸念される。
ロシアは東部2州を完全に制圧し、2014年に強制的に編入したクリミア半島と陸の回廊を確保することで、黒海艦隊が本拠とする同半島の地理的脆弱(ぜいじゃく)性を克服し、親ロシア派武装勢力が拠点とする東部の支配権を強化したと誇るだろう。
だが、これらの広範な領域で安定的に長期の占領を続けるためには、これまで以上の兵力を必要とする。占領状態が続く限り、欧米も経済制裁を解除しないから、国力のいっそうの疲弊は免れない。
一方のウクライナも、奪われた領土の主権を放棄することは絶対にできない。いったんは軍を引いても、奪回の機会を狙い続けるに違いない。パルチザン戦となれば、ロシア兵の目には一般住民も敵と映る。キーウ近郊で起きた住民虐殺の悲劇が繰り返されない保証はない。
この戦争には勝者はいないことは明白である。戦火が拡大する現在の局面を何とか緊張緩和の方向へ導く方法を、国際社会が一丸となって考えねばならない。
中国とインドは、ロシア批判を避けているが、ロシアが国際社会から孤立して弱体化する事態は中国、インド両国の国益にならない。ロシアとの利害関係を踏まえた上で建設的対話を試み、世界の大国としての責任を果たすべきではないか。
特にインドは、日米、オーストラリアと戦略対話の枠組み「クアッド」を構成している。一方でロシアとも良好な関係を維持する立場を生かして和平に貢献してほしい。支援物資を積んだ自衛隊機の受け入れを拒否するような態度は信用の低下を招く。
ただ事態収拾を図りつつも、絶対に忘れてならないのは、この戦争がロシアによる侵略だという明々白々な事実である。そもそもの基本線は、曖昧にできない。
何よりも大切なのはロシア国民が戦争の真実を知ることである。黒を白と言いくるめるようなプーチン政権の国内プロパガンダは、戦争の大義にプーチン大統領が絶対の自信を持てないことの表れではないか。
ウクライナの政権がナチス化し、自国民や東部の親ロシア派住民を殺したり、迫害したりしているというのが、領土拡張の野心を隠すためにクレムリンが展開する宣伝である。
果たしてそのような事実があるのかどうか、家族を戦場に送り出す国民には知る権利がある。ロシア国内に真実が届くように、国際社会は情報を発信する努力を怠ってはならない。