参院選投開票の2日前に、社会を震撼(しんかん)させる事件が起きた。奈良市で街頭演説中の安倍晋三元首相が銃撃され、亡くなった。心からご冥福をお祈りしたい。この事態は言論に対する最悪のテロであり、到底許されない。最大限の非難に値する。

 地方遊説中の岸田文雄首相が急きょ帰京したり、野党党首らがこの日の街頭演説を中止したりするなど、民主主義の根幹である自由な選挙活動への多大な悪影響も、看過できない。まさに民主主義への挑戦だ。

 警察当局の警備に穴はなかったのか。現行犯逮捕された男の動機や背後関係、銃器の入手経路は―。徹底した捜査ですべてを明らかにしてもらいたい。二度と繰り返してはならない。

 事件が起きたのは、8日の白昼だ。近鉄大和西大寺駅前で、安倍氏が自民党現職候補の応援演説をしていたところ、突然撃たれた。銃声のような音が2回したとの証言がある。発砲したとされる男は、その場で取り押さえられた。

 政策や主義主張を国民に訴える場が暗転した。現場には多くの聴衆がおり、極めて大きな公共の危険性があったと言わざるを得ない。

 事件発生直後から与党はもちろん、野党党首らからも安倍氏の回復を祈るとともに、「言論を暴力で圧殺することは絶対に許してはならない」「民主主義の日本で考えられない大変な事態」と事件を非難する声が上がったのは、当然のことだ。

 自民党内の最大派閥を率いる安倍氏は連日、参院選候補者の応援で全国各地を回っていた。憲法改正や防衛力強化論議を主導しており、演説でも積極的な発信が目立っていた。

 改憲については「自衛隊が憲法に書かれていないから違憲だと言う憲法学者の方が多い。この状況に終止符を打たなければならない」と繰り返し強調。防衛費の増額についても、党公約より踏み込んだ発言をしていた。

 これに対し反対意見があるのも事実だし、首相在任中の実績アピールに関しても、当時の疑惑、不祥事への批判が強いのも事実だ。民主主義国家では当然のことであり、言論には言論で対応するのが鉄則だ。

 戦後日本で、言論などを理由に政治家が襲撃されたケースは、残念ながら少なくない。

 1960年には近く解散・総選挙が想定される状況下で、浅沼稲次郎・社会党委員長(当時)が、東京・日比谷公会堂で演説中に右翼の少年に刺されて死亡した。

 90年には、本島等・長崎市長(同)が右翼団体幹部の男に短銃で撃たれ、重傷を負った。男は「市長の天皇に関する戦争責任発言などが許せなかった」と供述した。

 金丸信・自民党副総裁(同)が右翼団体構成員の男に銃撃された92年の事件では、男は「北朝鮮への外交姿勢などが許せなかった」と主張した。

 今回逮捕された男は、元海上自衛隊員だ。詳細な動機は、今後の捜査を待たねばならないが、いかなる理由であっても許されない。

 まだ参院選の期間中である。街頭演説などの安全を確保するため、警察当局には過剰にならない範囲で警備を強化してもらいたい。難しい注文だが力を尽くしてほしい。

 蛮行によって自由な選挙が毀損(きそん)されることは、何としても防がねばならない。