英国のエリザベス女王が死去した。96歳だった。歴代最長の70年余りにわたって在位し国民統合の象徴、国の要として英国を支えてきた。
英国の伝統と格式を体現しながらも、親しみやすさも兼ね備え、国内外から広く尊敬を集めていた女王は、時代に翻弄(ほんろう)された英国民に前を向く勇気を与えてきた。国民への奉仕にささげた生涯だった。
2日前には元気に新首相を任命したばかりだっただけに、英国民の受けたショックは大きく、ロンドンのバッキンガム宮殿前には女王の死を悼む人々が続々と集まってきた。
長男のチャールズ皇太子が新国王「チャールズ3世」として即位し、新国王が誕生したが、1952年の即位から長きにわたって絶大な国民的人気を集めた君主を失った影響は大きい。英国民は深い喪失感の中で、新国王とともに新たな時代を切り開いていくことになる。
女王の在位期間は悪戦苦闘を余儀なくされた英国の戦後史と重なる。かつて世界を支配した大英帝国の力はもはやなく、国際競争力を失った国有企業や労組の波状スト、インフレが引き起こす「英国病」が人々から希望を奪っていった。
北アイルランドでは、英国からの分離とアイルランド併合を求める少数派カトリック系住民と、英統治存続を望むプロテスタント系住民の間で紛争が起き3500人以上が死亡した。
英国はこうした混乱の中で、新たな国家像をつかもうと、もがき続けた。その結果、重工業依存の経済構造から脱し、世界屈指の金融市場であるロンドンの機能強化を通じ、金融業やサービス業で存在感を高め国力を回復した。苦難が連続する中で、国民に安心感や希望を与えたのが女王だった。
新型コロナウイルス流行下の2020年には異例の演説を行い「良い時代が来る」と述べ、国民に結束を促し存在感を示した。21年には70年以上連れ添った夫のフィリップ殿下に先立たれたが、退位の道には背を向け気丈に公務を続けた。
一方で、家族関係では順風満帆とはいかなかった。皇太子とダイアナ元妃の結婚生活を巡る混乱・醜聞と元妃の事故死では王室廃止論も浮上するほどの危機に見舞われた。これが「開かれた王室」を志向するきっかけになった。
その後も、皇太子の次男ヘンリー王子が、離婚歴のあるアフリカ系米国人メーガン妃と結婚し公務を引退、米国に移住する異例の展開があった。
女王は1947年の21歳の誕生日に「私の人生が長くても短くても、皆さんや王室への奉仕にささげることを誓う」とスピーチ、53年の戴冠式でもその志を神に誓った。その決意を貫き通した生涯は、英国民の心に深く刻まれ、レガシー(遺産)として、新国王チャールズ3世に引き継がれていく。