2018年3月、ロシアが併合したウクライナ南部クリミア半島で、ロシア本土と直結させる橋を視察するプーチン大統領(右から2人目)(ロシア大統領府提供、ロイター=共同)
2018年3月、ロシアが併合したウクライナ南部クリミア半島で、ロシア本土と直結させる橋を視察するプーチン大統領(右から2人目)(ロシア大統領府提供、ロイター=共同)

 ロシアの侵略によるウクライナでの戦争は、ロシアのプーチン政権がウクライナ4州の併合を宣言したのに続き、クリミア橋の爆破に対する報復として、これまでで最大規模の攻撃に踏み切った。新たな「危険水域」に入ったと考えるべきだ。

 原発に対する新たな挑発や、現実味を増す核兵器による威嚇に対して、国際社会は最大限の警戒をするとともに結束を確認しなければならない。

 2014年のクリミア併合は、プーチン政権発足以来、最大の功績として国民に評価されてきた。クリミアに拠点を置く黒海艦隊への補給を陸路で担うクリミア橋は、プーチン氏が自らトラックを運転して渡り初めをした象徴的なインフラである。

 この橋が民需のみならず、軍需でも物資補給の大動脈である以上、ウクライナ側が攻撃したとしてもロシアとの戦闘における正当な作戦行為と言えよう。そもそもクリミア併合が国際法違反である。このため「ロシアの国民生活に決定的に重要なインフラに対するテロ行為」というプーチン氏の批判は妥当性に欠ける。

 しかし、プーチン氏は、70歳になった誕生日の翌日に、橋の爆破でメンツをつぶされたと考えるだろう。これまでにない報復で、国内の団結を図り、ウクライナ国民に恐怖心を植え付けようとする恐れがある。

 プーチン氏は10日の安全保障会議で、ウクライナのゼレンスキー政権は橋の爆破により「国際テロ組織と同一」の存在となったと位置づけた。ゼレンスキー政権を、もはや交渉の対象として認めず、手段を選ばず絶滅すべき犯罪集団とみなすという宣言にほかならない。

 開戦以来最大規模のミサイル攻撃で、市街地の公園を含む諸施設を無差別に攻撃したのは、その手始めに過ぎないというつもりだろう。どう喝によって、国際社会の足並みの乱れを誘う思惑が透けて見える。

 メドベージェフ安全保障会議副議長は、クリミア橋を攻撃すれば、それは「ウクライナ終末の日」を意味すると警告したことがある。言外に核兵器の使用を強くにおわせた発言である。ロシアにとってクリミアは歴史的にも戦略的にも聖地だ。その聖地にウクライナ側が踏み込んだとみなすことが戦局に及ぼす影響を軽視すべきではない。

 プーチン氏は安全保障会議の場で、ロシアに対する「テロ行為」として、ウクライナ東部ドンバス地方への砲撃、ウクライナ南部ザポロジエ原発への攻撃に加え、ロシア国内のクルスク原発への破壊工作を挙げた。ロシア国内の原発被害に言及したのは偶然ではない。

 今後は、ウクライナで既にロシア軍の支配下にあるザポロジエ原発に加え、南ウクライナ原発など他の原子力関連施設を対象とする新たな危険行為に踏み切ったり、核兵器使用の威嚇をエスカレートさせたりする恐れがある。国連、先進7カ国、国際原子力機関(IAEA)は、新たな状況が出現したという認識を共有して迅速に対応を詰めなければならない。

 戦場で劣勢が目立つロシアは、動員拒否者が大量に国外脱出するなど、足元が動揺している。クリミア橋の爆破には、ロシア国内にも協力者がいたと主張するのは、国民の締め付けをいっそう強める意思の表れだろう。ロシアの人権状況も注視していきたい。