「内密出産制度」に関し、ガイドラインの私案を提出する慈恵病院の蓮田健院長(右)=6月6日、熊本市役所
「内密出産制度」に関し、ガイドラインの私案を提出する慈恵病院の蓮田健院長(右)=6月6日、熊本市役所

 病院以外に身元を明かさずに出産する「内密出産」に関し、国が医療機関や、都道府県、政令指定都市などの自治体向けに初の指針をまとめた。

 内密出産は、慈恵病院(熊本市)が2019年に独自の制度を導入、既に7例の実施を公表しており「事実」が先行していた。国はようやく対応した格好だ。一歩前進ではあるが、遅過ぎるとのそしりを免れない。

 内容的にも、熊本市からのこれまでの照会に対する回答や、現行法下での対処を整理したものが中心。一方で母親の身元情報の保存など大半の役割は、医療機関や自治体任せにしており、丸投げと言わざるを得ない。

 国は法整備を求める自治体などの声に背を向けてきた。「制度化は安易な妊娠を助長する」と反対する保守派国会議員らに配慮したものだろう。だが現行法で無理やり対応するのは、安定性や安全性に懸念が残る。国が前面に出て法整備の議論を進めることが急務だ。

 母親の身元情報は、日本も批准した「子どもの権利条約」が明記する「できる限り父母を知る権利」の保障に直結する、重要な情報と言える。

 指針は「永年保存が望ましい」とし、医療機関に対して管理者や管理する情報の範囲、子どもへの開示時期などを定めた明文規定を作成して適切に措置するよう求め、自治体には的確な指導を要求している。

 しかし、一医療機関による「永年保存」には無理がないか。情報開示の時期や手続きを医療機関が任意に決定していいのか。母親側に開示できない事情ができるなど、開示の是非に争いが生じたらどう解決するか…。問題は山積している。

 内密出産を14年に法制化したドイツでは、出自情報を保存するのは国の機関だ。開示時期は子どもが「16歳になった後」と明確に定められ、開示を巡る紛争は家庭裁判所が判断する仕組みになっている。

 また指針は、内密出産を導入する医療機関に、自治体への事前の情報提供を求めてはいるが、国の許認可などによらず、内密出産が安易に広がることには、安全性などに不安を感じざるを得ない。

 慈恵病院には、07年に親が育てられない乳幼児を匿名で受け入れる「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)を開設し、21年度までに161人を受け入れた実績と信念があった。だから大きなトラブルなく7例を実施できたのではないか。

 指針はほかに、出生届が提出されなくても、市区町村長の職権で母親欄が空欄の戸籍を作成可能なことや、カルテを仮名で記載しても直ちに医師法違反などにならないことを明確にしたが、これらは既に熊本市や慈恵病院が行っていることだ。

 そもそも内密出産は、危険な孤立出産を防ぎ、母子の命を何とか守ろうとする緊急避難的な「最後の手段」だ。当然、利用せずに済むように「予期せぬ妊娠」であっても女性を孤立させない相談、支援体制の充実が不可欠となる。

 指針には、医療機関に自治体の関係者も同席して内密出産を回避するよう女性を説得することが盛り込まれているが、それで十分なのか。ドイツでは相談所が整備され、内密出産を希望する女性に丁寧な面談サービスを提供、解決策を探る手厚い制度が設けられている。この点でも指針はまったく物足りない。