健康保険証とマイナンバーカードを一体化させた「マイナ保険証」を利用するための読み取り機=2021年10月、東京都港区の虎の門病院
健康保険証とマイナンバーカードを一体化させた「マイナ保険証」を利用するための読み取り機=2021年10月、東京都港区の虎の門病院

 政府は、2024年秋をもって現行の健康保険証を廃止し、マイナンバーカードを代わりに使う「マイナ保険証」に切り替えると表明した。

 16年に配布が始まったマイナカードは、住民票を持つ日本国内の全住民が任意で申請し交付を受けるのが原則だ。国民皆保険の下での現行保険証廃止はマイナカードの実質義務化に等しい。基本原則を変質させる強引な方針転換ではないか。

 政府はマイナカードを「誰一人取り残さないデジタル化」を進めるための基盤と位置付ける。だが認知症や寝たきり、あるいはへき地に住む高齢者の取得は難航必至だ。廃止後も未取得の人への代替手段などは今後検討される。マイナ保険証が使える医療機関はまだ約3割という現状も今後2年間で環境整備できるのか。疑問は尽きない。

 保険料をきちんと払う人は保険医療を受ける権利が当然ある。それを阻害するような混乱を回避するのは政府の責務だ。

 マイナカードは住民に割り当てた12桁の個人番号、顔写真、氏名や住所などが記載されたICチップ内蔵のカード。身分証明やオンラインで行政手続きをする際の本人確認となるほか、コンビニで住民票の発行を受けられる。しかし身分証明は運転免許証で済むなど、取得しなくても困らないくらいに受けられるサービスが乏しかった。

 デジタル庁によると、マイナカード未取得の理由は「情報流出が怖い」「申請方法が面倒」「メリットを感じない」がそれぞれ3分の1だ。これを踏まえても、交付開始から6年以上たって取得率が50%に満たない状況の打開に、最大2万円のポイント供与という「アメ」に加え「ムチ」で臨もうというのは、筋違いと言わざるを得ない。

 マイナカードが私たちにとって安全で便利で有益と分かれば放っておいても取得は進むはずだ。取得せざるを得ないよう無理に「追い込む」より、魅力を高めて「誘い込む」ことを政府はなおも基本姿勢とすべきだ。

 マイナ保険証は既に本格運用が始まっており、医療機関は患者の同意の下、過去の処方薬や特定健診の情報を見て治療に生かせる。無駄な投薬や検査の重複を防ぎ、医療の質を向上させる効果が期待できる。就職や離職のたびに保険証を切り替える必要もなくなるなど、きちんと運用されるならばメリットは大きい。

 一方、個人の医療情報のほか運転免許証機能や口座番号まで1枚に集約したカードを持ち歩くようになれば、紛失や情報漏れに不安を覚えるのも当然だ。マイナカードにデータが集中すれば、システム障害が起きた場合の影響にも懸念が増す。

 こうした長所、短所を説明し、それでもマイナカードが必要だとする理由を理解してもらう努力を政府は尽くすべきだ。スマートフォンがない人は市町村窓口などに何度も出向くような取得手続きの簡素化も必要だ。

 政府は、新型コロナウイルス対策の10万円給付が遅れた反省を踏まえて公的給付金受け取り用口座をマイナンバーと併せて登録するよう呼びかけ、1400万人超が応じた。登録者は子育てや福祉などの給付金申請が簡便になり、給付を担う自治体の事務軽減、迅速化も見込まれる。所得状況を把握されると懸念する向きもあるが、こうした「実利」の拡大こそがカード普及には欠かせない。