幼稚園の通園バスを視察する小倉将信こども政策相(左)=9月15日、東京都江戸川区の「東一の江幼稚園」
幼稚園の通園バスを視察する小倉将信こども政策相(左)=9月15日、東京都江戸川区の「東一の江幼稚園」

 静岡県で9月に起きた3歳女児の通園バス置き去り死事件を受け、政府は全国の幼稚園、保育所などのバスに来年4月から安全装置設置を義務付ける緊急対策を決めた。

 幼い命を失う悲劇を繰り返さないため事件発生から1カ月余りで対策を決め、約半年後から実施するというスピード対応は前向きに評価したい。

 ただ義務となる安全装置はまだ普及していない。どのような仕様にするかも国土交通省で検討に入ったばかりで、年末までにガイドライン策定を目指すという。来春までにクリアすべき課題は多い。関係者は走りながら考え、考えつつ走る構えで準備を急いでほしい。

 昨年7月、福岡県でも5歳男児が通園バスに取り残されて死亡。しかし政府は自治体に安全管理を求める通知を出したのみで、結果的に今回の事件を防げなかった。事態を重く見た岸田文雄首相は今国会冒頭で「二度と悲劇を繰り返さないよう安全装置義務化を含む緊急対策を講じる」と約束した。この決断が1年早ければと悔やまれるが、政策の不備を認め積極姿勢に転じたのは妥当だ。

 安全装置義務付けの対象は約4万4千台。園側の経済的負担を軽くして設置を促すため上限20万円で費用の9割を国が補助する。必要経費は今国会に提出し年内成立を目指す2022年度第2次補正予算案に計上する。来春に間に合わせるためには当然必要な措置だ。

 検討中の安全装置の仕様にも課題は多くありそうだ。韓国などでは、バス車内の後方部にブザーを取り付け、押さずにエンジンを切ったままにすると警報が鳴るような装置が義務化された。目が届きにくい後部座席まで車内チェックを促す仕組みだ。だがこの場合も、シートの陰で眠ってしまった園児などを点検者が見逃すリスクは残る。

 今回の緊急対策に併せて政府は、通園バスがある全国の保育所、幼稚園などへの緊急点検結果を公表した。それによると、1割の施設が乗降時に子どもの数や名前などの確認や記録をしていなかったという。こんなずさんな実態を一掃しないまま、安全装置が付けば人為的ミスをカバーしてくれると過信することはかえって危険だ。

 やはり、運転手や職員が緊張感をもって自分たちの目で確認する体制を確立することが欠かせない。今回、通園バスに関する職員向けマニュアルを政府が初めて策定し、園児降車時の職員による点呼を義務付けたのは適切だ。あとはいかに現場に徹底できるかだろう。

 同時に、有望な最先端技術があれば積極活用したい。車内に取り残されてしまった子どもを検知する人感センサー、衛星利用測位システム(GPS)を活用した所在確認機器などの導入も引き続き検討すべきだ。

 保育所などは、待機児童解消を目指して政府、自治体が受け皿拡大を進めてきたこともあり、慢性的な人手不足に悩む。最近は少子化進行で各地に定員割れの施設が出ており、職員の待遇改善などで子どもを見守る態勢を厚くする「量から質へ」の転換も求められる。

 一方、今回は関係府省令改正で対応し、国会審議を要する法改正は見送る方向だ。子どもを守るためスピード優先は分かるが、国民に罰則付きで義務を課す以上、国会で審議し法律化するのが本来の民主政治の姿であることは指摘しておきたい。