殻を持つカイダコの一種、アオイガイの全ゲノム解析に島根大隠岐臨海実験所(島根県隠岐の島町加茂)の吉田真明准教授(40)=進化生物学=らの研究チームが成功した。腕から殻が発現する不思議な特長や進化の解明に期待される。カイダコの生息域は全世界の水温が暖かい海域に広がるが、個体数が少ないため研究が進まず、謎の多い生物とされていた。なぜか初冬の隠岐近海に多数出現し、漁師の協力で生きたまま捕獲できることが今回の発見に寄与した。
(隠岐支局長・鎌田剛)
■殻は商品価値あり
カイダコの殻はタンパク質とカルシウムが原料で貝殻よりも薄く、波打つような規則的な凹凸がある。冬になると日本海沿岸の砂浜で殻が漂着することがあるという。
吉田准教授は「殻は美しいので欧州ではランプシェードとして使う人もいる。ネットでは高値で取引される」と話した。実際にネットークションで調べてみるとヤフオクで1千~4千円、メルカリでは1千円~5千円程度の値段で取引されていた。直径が大きいほど商品価値があるようだ。

■謎多きカイダコ
カイダコは日本周辺だけでなく地中海や豪州、西太平洋にも生息すると考えられている。一方で個体数が少なく、どこで繁殖して、どんな移動をするかといった生態は詳しく分かっていない。研究や遺伝子解析に必要な身の詰まった殻の漂着はまれで、さらに生きている個体を捕まえるのは至難の業だ。このため、世界でもカイダコの研究はあまり進んでいない。
■1度に200匹も
一方で隠岐諸島では以前から生きたカイダコが定置網にかかることで知られていた。陸地から約1キロの海域2カ所で定置網を張る吉田水産(隠岐の島町北方)の吉田稔社長(60)は「海水温が低くなると網の中に入ってくる。12月から3月ぐらいまで、取れる時は100ぐらい入っている時がある」と明かす。定置網で必要なのはサバやイワシ、ブリといった青物が中心で、カイダコは価値がないため逃がしていた。
2016年に吉田准教授が隠岐に赴任し、鮮魚店を通じて吉田社長と知り合った。吉田社長は網の中で浮いているカイダコをたもですくって船上のいけすに入れて港まで戻り、吉田准教授に連絡するようにした。
20年12月には一度に200匹も網に入っていた。また、同年6月には直径23センチという大型のアオイガイも見つかった。吉田准教授は生きた個体を実験所に運んで飼育を試みているが、短期間で死んでしまうという。
■殻の意味
最大の特長といえる殻は「帆掛け船のように風を受けて移動するために持っている」という説もあるというが、吉田准教授によると生きたアオイガイは殻の中に卵があり、驚くと体を殻の中に隠す動きを見せるという。つまり、殻は外敵からの防御を目的に形成していると考えている。
また、最大の謎は進化の過程でなくなった殻が、カイダコでは”復活“していることだ。イカやタコの祖先は、化石でよく見つかるアンモナイト(絶滅)のような背中から発現する殻を持っていたとみられている。進化で泳ぐスピードを重視するようになり、ほとんどのイカやタコは殻がなくなった。結果、タコは主に海の底で生活するようになったが、カイダコだけはなぜか再び殻を持ち、浮遊して生活している。

生物は一度退化した器官が後戻りはしないという法則がある。カイダコはその例外に見えるが、実は祖先のように背中からではなく、腕から殻が発現しており、一つの進化形とみられている。今回のゲノム解析はこうした不思議な進化の解明に一歩近づく結果となった。
吉田准教授は「殻を持たないタコでも殻形成のための遺伝子を備えているため、遺伝子を他の場所で使い回しすることが殻の進化の原動力になった。次は、背中から腕へ移すための遺伝子の変化を詳しく調べたい」と研究への意欲を燃やしている。