老人は総身に悲しみをたたえていた。能舞台にしつらえた鼓に思いを込めてばちを振り下ろす。宝生流シテ方の松田若子(58)はこの日、亡き父の面影を宿す面を着けて演じた。能「天鼓(てんこ)」前半のクライマックス。命を奪われた息子を思う老人「王伯(おうはく)」の万感が迫ってくる。

 金沢市で生まれた松田は能の家で育ち、幼い時から「子方(こかた)」として舞台に立った。若い日に「能楽師にはならな...