通常国会は政府と与野党による論戦の舞台を衆院予算委員会に移した。安全保障政策や原子力政策の転換、少子化対策が焦点になっているが、岸田文雄首相の答弁は、国民が賛否を判断する材料に乏しいと言わざるを得ない。
これでは首相が施政方針演説で言明した「正々堂々の議論」は成り立つまい。いずれも日本の将来を左右する課題である。首相には、率直かつ丁寧な説明を求めたい。
政府は昨年暮れ、反撃能力(敵基地攻撃能力)保有など防衛力強化のため、2023年度から5年間で約43兆円をつぎ込む方針を決定した。この間には財源を確保するための増税を実施するとしており、防衛費の対国内総生産(GDP)比は最終的に2倍に膨れあがる。
政府方針が国会で本格的に論議されるのは初めてで、衆参両院での代表質問に続いて行われた衆院予算委の基本的質疑でも、43兆円の積算根拠に加え、反撃能力保有の是非や発動基準が問われた。
これに対し岸田首相は「1年以上にわたって議論を重ね、現実的なシミュレーションを行って必要とされる防衛力の内容を積み上げ規模を導き出した」と従来と同じ主張を繰り返した。
国民がまずもって知りたいのは、その「現実的なシミュレーション」の中身ではないか。他国にも関係する安保政策の特殊性から、詳細を明らかにできないとの理屈は理解できないわけではない。しかし首相の答弁レベルでは、国民は危機感を共有できず、1兆円強の増税を伴う防衛費の大幅増に賛同が得られるか疑問だ。「数字ありき」と批判する野党との論議も深まらないだろう。
中国や北朝鮮が軍備拡張を進める中で、反撃能力について首相は「相手の攻撃を思いとどまらせる抑止力として不可欠」と訴えてきた。
一方で、首相は日本が直接、武力攻撃されない場合でも、密接な関係にある他国が攻撃を受け、日本の存立が脅かされるなど集団的自衛権行使の要件に当てはまる「存立危機事態」になれば、反撃能力の発動は可能との認識を示した。
この場合、日本が国際法違反になる先制攻撃を行ったと判断されかねず、質疑では専守防衛という「一線を越える」との指摘があった。首相は「無条件で存立危機事態と認定されない」とかわしたが、日本がそれこそ反撃されて、甚大な被害を受ける可能性は皆無ではあるまい。
反撃能力を容認する以上、国民は戦争に巻き込まれる覚悟と備えを持つ必要があるが、首相は「抑止力」を強調して目を背けているように見える。野党のみならず、与党も政府との間で、「最悪の事態」を想定した議論を尽くしてもらいたい。
原発の運転期間の延長や次世代型原発への建て替え方針を巡って、首相は「エネルギーの安定供給と気候温暖化対策の両立のため」と改めて表明。「原発依存度を可能な限り低減する」とした、東京電力福島第1原発事故以後のエネルギー政策との齟齬(そご)は認めなかった。原発事故に対する国民の不安に応えたと言えず、首相は真摯(しんし)な答弁に努めるべきだ。
「予算倍増」を図るとしている少子化対策では、財源や「異次元」という方策を具体的に明らかにしておらず、統一地方選をにらんで言葉だけが躍っている感は否めない。