1957年のビルボードで最も多くチャートインしたジャンルは、18曲を占めるポピュラー・ミュージックだった。しかし、一概にポピュラー・ミュージックと言っても楽曲のタイプはさまざま。いささか大ざっぱではあるが、ここでは筆者の耳で聴く限りにおいて、ロックンロール、R&B、ブルース、ジャズ、トラディショナル(伝統音楽)以外の楽曲で白人アーティストによるものをポピュラー・ミュージックとした。
最も順位が高かったのは、全体2位、パット・ブーンの「砂に書いたラブレター」。日本でも男女を問わず多くの歌手がカバーした。ちょっとジャージーで緩い感じのリズムに乗って歌うブーンの優しげな声は、クルーナー唱法(正しくはクルーニング唱法)といってポピュラー・ミュージックでは一般的な歌唱法だ。これはマイクがよく声を拾ってくれるように工夫された手法で、あえて声を大きく張り上げず、響くような声で歌うことから名付けられた。反対にオペラのように遠くまで声が届くような歌唱法はベルカント唱法と呼ばれる。
「砂に書いたラブレター」は大ヒットした印象が強いせいか、さもパット・ブーンのオリジナルであるかのように思ってしまうが、さにあらず。実は30年代の楽曲をリメークしたものだ。オリジナルのBPM(テンポ)は1分間に137くらい。パット・ブーンのアレンジはおよそ88なので、オリジナルに比べればかなりゆったりとした作りになっている。
このように昔の楽曲をアレンジし直して改めて世に出すことは、米国では数多く見受けられるが、日本では昔の楽曲を編曲して再び音源化することは、〇〇節とか△△△音頭などを除けばあまり多くない。制作者側(レコード会社など)がそういうことを望まなかったのかもしれないが、さらに言えばオリジナルを超えるような編曲を行うすべがあまりなかった、ということがあるのかも。なお、ブーンはピークで1位、年間6位の「ドント・フォービッド・ミー」でもチャートインを果たしている。R&Bの曲調だったこと、演奏していたのは当時人気が高くなり始めていたビリー・ヴォーン楽団だったことが特徴。R&Bの曲調とはいえ、ブーンはあくまで紳士的であり、落ち着いた歌唱を聴かせてくれる。
続いて全体3位にランクされたダイヤモンズの「リトル・ダーリン」。この曲はもともと黒人ドゥワップ・グループ、グラジオラスの持ち歌をカバーしたもの。ダイヤモンズはカナダ出身の白人4人コーラス・グループでR&Bを数多く手がけていた。したがって、R&Bのジャンルで扱うのが妥当かもしれないが、白人グループということでポピュラー・ミュージックとして扱ってみた。後にフランキー・ヴァリを擁した白人コーラス・グループのフォー・シーズンズも取り上げているが、彼らはより洗練されたコーラスを聴かせてくれた。
この曲で特徴的なことは、キューバの伝統的なリズム、クラーベを取り入れていることだ。このリズムは4拍子2小節で一つのパターンが構成され、あえて言葉で表すと「チャッ、ンチャ、ウン、チャ、ウン、チャッ、チャッ、ウン」という感じ。「チャッ、ンチャ、ウン、チャ」が前半の1小節、「ウン、チャッ、チャッ、ウン」が後半の2小節目となる。このリズムはメインで使われること以外にも隠し味的に使われることもあって、例えば1975年にリリースされた大瀧詠一さんの「ナイアガラ・ムーン」では華麗なストリングスとともに、かすかにではあるがこのリズムが聞こえている。
大抵の場合、このリズムを刻むのはクラベスという木製の打楽器で、「リトル・ダーリン」のイントロでも使われている。その部分を聴くと「ああ、あのリズムか」と思い当たる節がある人も多いのではなかろうか。記憶している限り、わが国ではリリオ・リズム・エアーズがカバーしていて、当時の歌謡番組にチャンネルを合わせたら、リード・ボーカルの伊藤素道さんが顔を真っ赤にして(?)力強くこの「リトル・ダーリン」を歌っていたことがあった。英語は全然理解できなかったが、それにしてもリリオ・リズム・エアーズのカバーは「はあっ」「うおー」とか「んぱっ!、んぱっ!、んぱっ!、んぱっ!」みたいな擬音(?)しか聞こえなくて幼いながらも非常に困惑した。わが国の音頭になぞらえると、一種の合いの手みたいなものだと思うが、当時の一般的な日本人が初めて鑑賞したときには、奇怪千万な事象と受け止められたに違いない。
(オールディーズK)
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