番組の政治的公平を定めた放送法の規定を巡り、安倍晋三政権が解釈を見直した経緯を示す総務省の内部文書を入手した、と立憲民主党の小西洋之参院議員が公表した。
当時、総務相だった高市早苗経済安全保障担当相は、自身に関する部分は「不正確だ」と強調する。だが、松本剛明総務相は、同省が作成した文書であることを認め、全文を公開した。文書からは、首相補佐官が解釈見直しを主導し、首相も追認したことが見て取れる。
放送法は、番組の編集は政治的に公平でなければならないと定めている。政府は従来、政治的公平は一つの番組ではなく、放送局の番組全体を見て判断すると説明してきた。ただ実際には、一番組でも政治的公平に反するとして総務省が行政指導した例も過去にあった。
文書によると、2014年11月から、当時の礒崎陽輔首相補佐官(自民党参院議員)が総務省幹部らと折衝を重ねた。礒崎補佐官は、TBSの情報番組「サンデーモーニング」では出演者全員が同じ主張をしており、一番組でも放送法に抵触する場合があるのではないかと迫った。
最終的に、選挙期間中に特定の候補者のみを取り上げたり、国論を二分する政治的課題の一方の見解だけを繰り返したりした場合は、一番組でも公平とは認められない、との新たな解釈を追加。安倍首相の了承を得た上で15年5月、高市総務相が国会答弁で発表した―とされる。
さらに高市総務相は16年2月、放送法違反に対し総務相は電波停止の行政処分を下せると発言した。新解釈追加で政治的公平に関する罰則適用へのハードルを下げた後だっただけに、強い反発を招いた。
文書通りであれば、政府が特定の番組を念頭に、報道を縛る狙いで解釈を見直したことになる。総務省出身の首相秘書官が「言論弾圧だ」と懸念を示したというのも、当然だろう。
礒崎補佐官が総務省に働きかけ始めたとされる直前には、安倍首相が衆院解散を宣言してTBS「NEWS23」に出演中に、放送された〝街の声〟を批判。それを受ける形で、自民党が選挙報道の公平中立を民放キー局に要請していた。
安倍政権下ではその後も、「報道ステーション」の出演者が官邸を批判したテレビ朝日の幹部から自民党が事情聴取するなど放送局への政治的圧力が続いた。戦後の政権の中でも、言論統制の動きは際立っていた。
結果として、例えば14年の衆院選のテレビ報道は、前回選挙より減少したと指摘されている。萎縮効果を生じたことは否定できない。
放送法は目的に、放送による表現の自由の確保をうたう。政治的公平をはじめ、番組の内容については基本的に放送局に任されており、問題があれば視聴者の批判によって正されることが期待されている。
政府が解釈変更などで、番組への規制を強めることは許されない。岸田文雄政権は文書について調査を徹底し、不当な解釈は是正するべきだ。
もちろん、放送局は圧力があっても、毅然(きぜん)としてはね返す必要がある。政治的公平などの放送法違反を理由に、総務相が行政処分を下せば、表現の自由を保障した憲法に違反するというのが、法律専門家の通説である。万一、行政処分を受けたら、裁判で争えばよい。