2020年12月、廃炉作業が進む東京電力福島第1原発を視察した。6基あるプラントのうち水素爆発が起きた1号機は衝撃を物語るように、ひしゃげた鉄骨がむき出しで残ったまま。120メートルの高さがあった排気筒は倒壊リスクを減らすため、半分に切断されていた。
あれから2年3カ月たったものの、直近の写真や映像を見る限り、現地の様子が大きく変わったようには思えない。
未曽有の原子力災害となった福島第1原発事故を引き起こした東日本大震災の発生から、11日で12年を迎える。被災地の一部では避難者の帰還が始まったとはいえ、今も福島県を中心に全国で3万人超が避難生活を送り、帰還を断念した人も多い。
一方、大きく変わったものがある。政府のエネルギー政策である。ウクライナ危機によるエネルギー資源の調達環境の悪化などを背景に、次世代型原発への建て替えや運転期間60年超への延長を盛り込んだ脱炭素化に向けた基本方針を閣議決定。再生可能エネルギーに加え、原発の「最大限活用」も明記した。福島事故以降、原発の新増設や建て替えは「想定しない」としてきた姿勢から一転、「原発回帰」へと大きくかじを切った。
問題なのは、その進め方だ。岸田文雄首相は昨年7月の参院選では全くそぶりを見せず、脱炭素社会の実現を有識者で議論する8月の「GX(グリーントランスフォーメーション)実行会議」で突然表明。国会で議論する前に政府与党で勝手に決めてしまい、国民に詳しい説明もしない。これで理解を求められても、「はい、分かりました」とは、とても答えられない。
東日本大震災12年を前に、山陰中央新報社加盟の日本世論調査会が行った原発に関する全国世論調査によると、原発を最大限活用する方針について、政府が「十分に説明しているとは思わない」が92%に達し、原発活用方針を「評価しない」も64%を占めた。エネルギー政策の大転換に対する国民の強い不信感の表れだろう。
福島第1原発事故を踏まえて発足した原子力規制委員会の独立性も揺らいでいる。原発の60年超運転を可能にする新たな規制制度を委員5人のうち1人が反対したまま多数決で決めた。原発回帰を急ぐ政府と歩調を合わせたことで、規制委の独立と信頼は大きく損なわれた。
足元に目を移せば、中国電力島根原発2号機(松江市鹿島町片句)の再稼働に地元自治体が同意を表明済み。だが、原発を動かす中電には、事業者向け電力販売でのカルテル疑惑や顧客情報の不正閲覧問題が浮上し、信頼が揺らいでいる。
事故時の避難対応についても新たな課題が見えてきた。島根原発がある松江市などは1月末に大雪に見舞われ、隣接する安来市内の国道9号は雪にタイヤがはまるスタック車両が複数出て渋滞が発生。除雪のため約13時間も通行止めになった。こうした事態は避難時に致命的で、対策が欠かせない。
そもそも、原発から排出される高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分場問題も解消の見通しが立っていない。これでは核のごみが島根原発構内に留め置かれてしまう。ロシアによるウクライナ侵攻で新たにクローズアップされた、原発への武力攻撃にどう対応するのかも方向性が見えてこない。
課題ばかりが連なる状況では原発回帰は到底容認できない。