強力な武器を扱う実力組織の中で、あってはならない事件が起きた。
岐阜市の陸上自衛隊射撃場で、自衛官候補生の18歳の男が訓練中に他の男性隊員を自動小銃で銃撃、2人が死亡、1人が負傷した。男はその場で現行犯逮捕され、警察は殺人容疑で送検した。男は4月に入隊したばかりで、候補生としての基礎的な訓練を受けていた。わずか2カ月半の間に何があったのか。警察などは捜査で、動機や事件に至る経緯などの解明を急いでもらいたい。
陸自も並行して原因究明、再発防止を図るため調査委員会を設置する方針で、全国の部隊には射撃訓練の中止と安全管理の徹底を指示した。当然の措置だ。採用の経緯や射撃訓練の在り方、男の心理面に至るまで調査し、有効な防止策を打ち出さねばならない。
政府は、中国の海洋進出など安全保障環境の変化を理由に防衛力強化を急いでおり、装備の拡充にも前のめりだ。しかし、扱うのは人である。足元の安全確保と武器を扱うに足る規律の確立こそ、急ぐべきだ。
陸自によると、射撃訓練には候補生約70人に教官ら指導役の隊員を加えた計約120人が参加していた。状況によっては、さらに被害が拡大する恐れもあったと言える。
男は取り調べに、死亡した教官に〓(口ヘンに七)られたという趣旨の話をしているという。捜査初期の供述だが、教官を狙った可能性はある。男との間に何があったのか。銃撃状況の特定とともに、裏付けを進めてもらいたい。
男はこれまでに空砲で1回、実弾で3回の射撃訓練を受けており、5回目だったこの日は、今後小銃を扱うのに必要な検定を受ける予定だった。
専門家によると、銃の扱い方や安全管理などを学んだ上で、射撃訓練に進む。射撃場では整列して初めて弾薬が渡され、背後には監視役の隊員もいるそうだ。こうした手順が確実に実行されていたのか。検証を徹底すべきだ。陸自内には規則通りに行われていたのかを疑問視する声もあるという。問題がなかったとしても、どうすれば防げたかを明らかにし、実効性ある手順を定めなければならない。
候補生の訓練期間は3カ月で、男は今月末で修了し、自衛官として陸自部隊に配属される予定だった。採用に当たっては筆記・口述試験や適性検査などを受けた。
少子高齢化の影響などで自衛隊の採用環境は厳しく、防衛省によると、2021年度は計画の8割強しか採用できなかったという。こうした状況が採用基準の引き下げにつながっていないかのチェックも必要だろう。
階級社会である自衛隊では、上官らによるパワハラなどが起きやすいとされる。これまでに被害者側から多くの訴訟が提起され、自衛隊側の敗訴が目立つのも事実だ。
そうした視点から、事件の背景を探ることも必要だろう。
現場の射撃場は屋内施設で、場外に直ちに危険が及ぶ状況でなかったが、近くには住宅や大学などがあり、住民らの不安は大きい。防衛省には、調査の途中経過や再発防止策などを丁寧に説明してもらいたい。
そして全ての自衛隊員には、与えられている強力な武器は、国民の生命、自由、財産などを守るためだけに使用が許されるということを肝に銘じてもらいたい。