防衛費増額の財源を確保する特別措置法案を賛成多数で可決した衆院本会議。岸田首相は今国会での衆院解散を見送る方針を示した=5月23日
防衛費増額の財源を確保する特別措置法案を賛成多数で可決した衆院本会議。岸田首相は今国会での衆院解散を見送る方針を示した=5月23日

 今国会での衆議院の解散が見送られた。前回衆院選から1年8カ月足らず、任期の折り返し点にも到達していない中、国内外に課題が山積しているにもかかわらず、政治空白をつくれば、選挙最優先という岸田文雄首相の個利個略、自民党の党利党略に映るのは避けられそうにない。こうした批判を懸念したとみられ、首相の判断は妥当だ。

 国会を振り返ると、一見すれば、解散・総選挙で信を問うべき「大義」はいくつもあった。東日本大震災時の過酷な原発事故を忘れたかのように最大限活用に転じた原発回帰、戦後安全保障政策の大転換となる反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有など、防衛力の抜本強化と防衛費の大幅増額路線、そして政権の看板政策となった異次元の少子化対策…。どれもが国の行く末を左右するだけに、国民の審判を仰がなければならない極めて重いテーマだ。

 しかし、原発回帰の改正法はこの国会で成立した。国民的な議論を抜きに、厳しい電力事情を強調して既成事実化して信任を得ようとする手法は不誠実だ。膨大な予算を必要とする防衛費と少子化対策も、財源として増税や社会保険料の上乗せなど国民や企業の負担増を想定しながら、具体的な決定は先送りした。肝心の財源は曖昧なままでは、とても解散の大義とは呼べまい。

 負担増を正面に掲げると、選挙を戦いにくいと自民党が考えているのは容易に想像が付く。給付を中心にした耳当たりの良いメニューだけを並べ、財源は後回しで選挙に突入するのはあまりに無責任で、「負担増隠し」のそしりは免れなかっただろう。旧民主党政権の政策を財源の裏付けがないと激しく攻撃したのは、ほかならぬ自民党だった過去を忘れてもらっては困る。

 岸田首相は、党内の基盤が第4派閥とあって、来年の自民党総裁選を勝ち抜くには「衆院選の勝利」が不可欠と認識しているのかもしれない。だからといって、選挙準備が整っていない野党の隙を突く形で解散しても、国民の理解を得られまい。政策などの実績を一つ一つ積み上げていくことが総裁再選の近道だと肝に銘じるべきだ。

 この国会では積み残された課題も多い。財源問題に加え、マイナンバーカードを巡る混乱に国民の不安が膨らむ。世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と故安倍晋三元首相ら自民党の関わり、時の政権の意に沿わない報道に圧力をかけようとしたのではないかと疑念を招いた放送法の解釈変更問題は、核心部分を解明できない状況が続く。

 さらに、国会議員に月額100万円を支給する「調査研究広報滞在費」(旧・文書通信交通滞在費)の改革も再び放置される気配だ。これらは後ろ向きな姿勢に終始した自民党に重大な責任があり、議員が自らを律せられない姿をさらけ出す。

 国権の最高機関である立法府の形骸化は一段と進行した。とりわけ5月の先進国首脳会議(広島サミット)以降、「解散風」に与野党とも浮足立ち、重要法案を十分に審議したとは言い難い。

 腰を据えて内政、外交に取り組む。野党の疑問から逃げずに、丁寧に説明していく。痛みが伴う政策であっても堂々と主張して国民の理解を促す。その上で審判を仰ぐという政治の王道を歩んでもらいたい。