LGBTなど性的少数者への理解増進を目的とする新法が成立した。性的指向などの多様性を巡って「不当な差別はあってはならない」と基本理念を示した上で、国や自治体は理解増進のために必要な施策の実施に努めると定めている。また政府には、基本計画を策定したり、施策の実施状況を年に1回公表したりすることを義務付けた。
具体的な規制や罰則を伴わない理念法とはいえ、先進7カ国(G7)で唯一、少数者への差別を禁止する法令がない中で、一歩前進という見方もできるだろう。しかし、超党派議員連盟で2年前に合意され、新法の大本になった法案と比べると、いくつもの点で後退したと言わざるを得ない。
自民党は、党内で「伝統的家族観」を重視して法制化に反対した保守派の主張に配慮し、修正に修正を重ねた。基本理念の「不当な差別はあってはならない」という表現はもともと議連案では「差別は許されない」だった。「不当」と言えるほどひどくなければ、差別とは認められないと、くぎを刺しておきたいという思惑が見て取れる。
一体、誰のための法律なのか。当事者らの事情に寄り添った運用を求めたい。加えて、差別解消に向け、次の一歩をいつ、どのような形で踏み出せるかが問われる。差別禁止法や同性婚の法制化といった課題は山積しており、新法成立で一息ついている余裕はない。
超党派議連案は2021年5月にまとめられたが、自民党保守派から「訴訟が多発する社会になりかねない」などと異論が噴出。国会提出には至らず、それ以降、たなざらしにされていた。だが今年2月、岸田文雄首相が同性婚の法制化を巡って「全ての国民の家族観、価値観、社会が変わってしまう課題だ」と否定的ともとれる見解を示し、議論に火がついた。
その直後に首相秘書官から「見るのも嫌だ」と性的少数者に対する差別発言が飛び出し、岸田首相は秘書官を更迭。自民党幹部に法案提出の準備を急ぐよう指示した。
自民党は議連案の修正に乗り出し、G7広島サミット開幕前日の先月18日、公明党とともに与党案として提出。会期末をにらみながら、土壇場で日本維新の会と国民民主党の対案をほぼ丸のみし、成立にこぎつけた。
その過程で議連案の中の「性自認」という文言は「性同一性」になり、最終的に「ジェンダーアイデンティティ」に置き換えられた。また理解増進の施策実施に関し「全ての国民が安心して生活できるよう留意する」との条項が追加された。
背景には「自認する性で権利を認めれば、トイレや風呂でトラブルが起きる」「女性の権利が脅かされる」など、自民党保守派の主張がある。
ことさら不安をあおるような発言で、看過しがたい。サミットの議長として、性的指向などを巡り暴力や差別のない社会の実現をうたう首脳声明を取りまとめた首相は、メンツを保った形になり、胸をなで下ろしているかもしれないが、修正の背景にある根深い偏見を直視する必要がある。
共同通信の世論調査で7割以上の人が「同性婚を認める方がよい」と回答。同性婚を認めない現行制度を「違憲」「違憲状態」とする地裁判決が相次ぐ中、全国レベルのパートナーシップ制度の導入も含め、法整備に指導力を発揮すべきだ。













