途上国を支援する政府開発援助(ODA)の目標は、何よりも現地の人々の福祉を向上させることであり、そのために社会制度やインフラの整備、経済開発の手助けをする。その基本理念を揺るがせてはならない。
政府がODAの指針を定める「開発協力大綱」を8年ぶりに改定した。昨年12月に改定した国家安全保障戦略を踏まえ、「外交の最も重要なツール(手段)の一つ」と位置付けるODAを、これまで以上に「効果的・戦略的に活用する」と明記。ロシアによるウクライナ侵攻など国際情勢が激動する中で途上国との信頼関係を築き、「望ましい国際環境」をつくり出すことが日本の国益に貢献すると強調している。
ただ、国益を前面に打ち出すあまり、基本的な理念が後退するようなことがあれば、「平和国家」としての支援を通じて築いてきた信頼が損なわれることになりかねない。現地との丁寧な対話を通じた、相互理解に基づく支援に徹したい。
厳しい財政事情の中で、ODAを効果的に実施するよう見直す必要性は理解できる。ただ、戦略性に偏って、逆に国際社会の分断を助長することがあってはなるまい。
その傾向が表れている新大綱の特徴の一つが、中国への対抗意識がにじむことだ。多額の借金を負わせて途上国への支配を強める中国の、いわゆる「債務のわな」を念頭に、「透明かつ公正なルールに基づいた協調的な開発協力」の重要性を強調。途上国の債務の持続可能性に十分配慮するとの原則も新たに加えた。
相手国の要請を待たずに支援メニューを提案する「オファー型協力」の強化も打ち出した。途上国など「グローバル・サウス」の存在感が高まる中で、アプローチを強めて、これらの国を引き寄せる狙いがうかがえる。ODAを通じて「自由で開かれたインド太平洋」構想の推進につなげることも明記した。
だが、日本か中国かという選択を迫るような姿勢は慎むべきだ。平和国家として支援のあり方も問われる。新大綱は基本方針として「非軍事的協力」の原則を堅持した。ただ、岸田政権は今年4月、ODAとは別枠で「同志国」の軍に機材などを提供し、能力向上を支援する制度「政府安全保障能力強化支援(OSA)」を創設している。「同志国」の定義は不明確で、線引きが曖昧になれば、ODAの非軍事原則が形骸化するとの懸念が拭えない。
過去のODAでも、2017~19年にミャンマーに供与した旅客船2隻が、兵士や武器の輸送に使われていたことが明らかになっている。ODAが適正に利用されているか、きちんとしたフォローアップが必要だ。
一般会計のODA予算は1997年度の1兆1687億円をピークに減少。2023年度は5709億円に半減している。特別会計などを加えた22年の実績は約2兆2968億円で、国民総所得(GNI)比0・7%とする国連の目標に届かない0・39%にとどまる。
一方、物価高騰など国民生活が苦しい中で、なぜODAが必要なのかという疑問の声もある。政府は「エネルギー資源や食料の多くを輸入し、さまざまな製品を輸出する日本」にとって「途上国との友好関係の構築が重要」としている。国民の理解を得る地道な説明を尽くす必要もあろう。