国内外で活動する写真家・石川直樹さんが今夏、島根半島で撮影を始めた。日本海を望む各浦々の集落とその生活、風波に洗われた独特の地形などを、どのように切り取るのだろうか。気鋭のまなざしを通して出雲の風土を再考し、新たな価値を発見する。長期にわたり本紙で作品を紹介する。1~4回を30日までの毎週日曜日に掲載する。
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自分が島根に入ったその日、山陰地方が梅雨入りした。ぼくが愛用している40年近く前に製造された古いフィルムカメラは雨に弱い。雨脚が強くならないように祈りながら、松江から沖泊に移動した。
集落の入り口にある駐車場に車を止めると、吸い込まれるようにして海沿いの岩場に足を引かれた。せまい道路の下が急斜面になっており、その先に、侵食によってできた洞門「弁慶の潮かき穴」がある。此岸(しがん)と彼岸をつなぐトンネルのようで、洞門をくぐったら最後、二度とこちらの世界に戻ってこられないのではないか、と思わせる。「潮かき」とは、近しい人が亡くなって四十九日の忌明けに身を清める風習とのことだが、この門から死者の魂を送り出す意味合いもあったのではないか、と想像した。
この潮かき穴を回り込むようにして道路を上っていった先に小高い丘があり、そこから見事な立ち石を眺めることができる。角度によっては人の横顔に見えるというが、それよりもぼくは岩の佇(たたず)まいに引かれた。辺りを見回すと、草地に黄色い花が点在し、穏やかな日和であれば潮風に当たりながら、ぼんやりと海を眺めたくなる。民俗学者の宮本常一がここで昼寝をした、というエピソードはさもありなんといったところだ。
ぼくが撮影をしていると、地元のおじいさんが双眼鏡を持ってやってきた。鳥が飛んでいたら、その下で魚が釣れるらしく、空を眺めに来たという。悠々と舞う海鳥を見ながら、ぼくはその先の世界を想像した。陸地を目指して飛ぶ鳥、遠くから回遊してきた魚たち、そして死者の魂までもが寄り付き、離れていく境界線がここにある。
石川直樹
宮本常一の足跡を訪ねて ~インタビュー~
ヒマラヤ山脈をはじめ極限地帯など世界中を旅しながら撮影を続ける石川直樹さんが、なぜ島根に目を向けたのか。島根との縁や旅の視点などを聞いた。(聞き手は報道部・広木優弥)
-なぜ島根に注目したのか。島根半島なのか。...