2019年の参院選を巡り、河井克行元法相が広島選挙区で地元議員に現金をばらまいたとされる大規模買収事件で、東京地検特捜部の検事が被買収側の元広島市議を任意聴取した際の録音データが明るみに出た。そこに収められていたやりとりから、検事が不起訴を示唆し、現金は買収目的だったと認めさせていた疑いが強まっている。
最高検も録音データの内容を把握しており、調査を行う。被買収側の公判では、任意聴取で同じように検事から、捜査に協力すれば不起訴にするとほのめかすような発言があったとする主張が相次いでいた。録音データはそうした主張を裏付けた形で、捜査・公判の公平・公正が厳しく問われよう。
捜査から起訴までを一手に担う特捜検察が元法相の有罪立証に向け、不起訴と引き換えに捜査に都合のいい供述に誘導するような裏取引は到底許されないことだ。事実なら、刑事司法に対する国民の信頼が大きく揺らぎかねない。斎藤健法相は「一般論として、取り調べで任意性を失わせる誘導はあってはならない」と述べた。
検察は真摯(しんし)に事実関係を検証した上、説明を尽くすことが強く求められる。また取り調べの録音・録画を任意聴取の段階でも義務付けるよう求める意見は根強く、検察の調査結果を受けて制度改正の議論に取り組むことも必要になるだろう。
参院選で河井元法相は、立候補した妻案里氏のため地元議員ら100人に計約2870万円もの現金を渡し、集票を依頼したとされる。公選法違反の罪で21年、東京地裁から懲役3年の判決を言い渡され、後に確定。初当選した案里氏も、執行猶予付きの有罪が確定し、当選無効となった。
一方で、検察は現金を受け取った地元議員らについて、元法相との力関係から現金を押し付けられるなど「受動的な立場だった」として、100人全員を不起訴にした。
ところが検察審査会が不起訴に対する審査申し立てを受理。公職にあって現金を受領し、返金も辞職もしない35人を起訴相当と議決。46人を不起訴不当とした。このため検察は再捜査して昨年3月に、公選法違反の罪で9人を在宅起訴、25人を略式起訴し、47人を改めて不起訴にした。
被買収側の責任を一切不問に付してしまっては、票を売るような行為を軽視することになり、民主主義の根幹である選挙の公正は損なわれる。起訴相当となった35人の一部から、もらった金額や、その後の対応に違いがあるのに一律に扱うのは不公平と不満も漏れたが、検審議決は市民感覚にかなっていたといえる。
だが、それとは裏腹に元広島市議を聴取した特捜検事は元法相を有罪に持ち込むことしか眼中になかったことが十分に考えられる。元市議の初公判は近く開かれるが、検察側は録音の存在を確認した後、元市議が買収目的を認めた調書の証拠請求を撤回したという。
他の事件でも、取り調べ検事による利益誘導の疑いを指摘する声は後を絶たない。10年に大阪地検特捜部で証拠改ざん・隠蔽(いんぺい)事件が発覚したため、最高検は11年に検察の使命と役割を初めて明文化した「検察の理念」を公表。権力行使の在り方が独善に陥ることがないよう戒めた。検察全体でもう一度、その理念に立ち返る必要があろう。